『ネクター』Joji(Album Review)
『ネクター』Joji(Album Review)

 「アジア人がアメリカで売れることはない」というジンクスが破るられつつある。この夏、BTSが韓国人グループとしては初のソング・チャート“Hot 100”で首位を獲得し、世界を沸かせた。同K-POPグループではBLACKPINKも大健闘しているし、リナ・サワヤマやリッチ・ブライアン(チガ)、DJ/プロデューサーとしても活躍するイェジ、<88rising>所属のアーティストもここ数年で知名度を高めつつある。

 その中でも、Jojiの活躍は際立っている。(当然ながら)アイドル路線ではないのに、2018年に発表したデビュー・アルバム『BALLADS 1』は米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で初登場3位を記録し、R&B/ヒップホップ・アルバム・チャートでは<88rising>初、そしてアジア人のソロ・アルバムとしても初のNo.1に輝いたのだから。

 本作『ネクター』は、その『BALLADS 1』から約2年ぶり、ソロとしては2作目となるスタジオ・アルバム。チャートでの記録も好調で、1stシングル「Sanctuary」は、R&B/ヒップホップ・ソング・チャートで32位を記録し、「Slow Dancing in the Dark」(2018年)の39位を超える自己最高位を更新した。いわゆるローファイに区分される旋律の美しいラブソングで、内省的な表現で独特な想いを歌っている。古いSF映画を再現したようなミュージック・ビデオは、コミカルでもあり、Joji特有のエグさも滲ませた。

 2ndシングルの「Run」は、昨今ヒップホップ・アーティストの間で人気を博しているオルタナティブ・ロックにクロスオーバーしたミディアム。流行をおさえただけあり、Hot 100チャートでは「Slow Dancing in the Dark」の69位を超える68位にランクインし、こちらも自己最高位を更新した。プロデュースを担当したのは、英イングランドの音楽プロデューサー=ジャスティン・パーカー。現在大ヒットしている24kGoldnの「Mood」や、故ジュース・ワールドの「Come&Go」にも似た雰囲気をもつ。MVではなかなかいい演技を披露していて、顔つきも貫禄や色気を醸してきた。

 3rdシングルの「Gimme Love」は、ラッパーの間でブーム(?)となっている二部構成の大作。前編は、タイトルをループするコーラスと90年代のテクノ・ポップを彷彿させるトラックが印象深いアップ、後編は教会音楽のようなイノセントに溢れたスロウで区分されている。プロデュースは、ケンドリック・ラマーの『DAMN.』(2017年)で大活躍したベーコン&ドーナッツが担当。100位以内にランクインしていない楽曲によるバブリング・アンダーHot 100チャートでは1位を記録した。

 4thシングルの「Daylight」はディプロのプロデュース曲だが、お得意のエレクトロ~レゲエ路線というよりは「Run」にも通ずるロック色の強い意欲作に仕上がっている。タイトルに直結するセピア色のフックが特にすばらしく、Jojiの繊細なボーカルも映えた。4曲のミュージック・ビデオはいずれもSF的要素を含んでいて、通してひとつの物語が完成する続編となっている。この4曲はじめ、主にはミディアム~メロウが中心のアルバムだが、それぞれに個性があり、単調さは感じない。

 加工されたファルセットが切なさを強調する、物悲しい奏のエモ・ラップ「Ew」~カナダの音楽プロデューサー=STINTと共作した、電子音と重低音が渦巻く「Modus」、フィーチャリング・ゲストであるリル・ヨッティー直結のトラップ「Pretty Boy」など、昨今のヒップホップ・シーンに則った曲もあれば、ケニー・ビーツがプロデュースしたポスト・マローン路線のメロウ「Mr. Hollywood」、ザ・ウィークエンドの「Blinding Lights」をモロ意識したシンセ・ウェーヴ「777」、ジム・E・スタックが手掛けたハウスをブレンドしたシンセ・ポップ「Your Man」もあり、ある意味バラエティに富んでいる。

 メロウでは、ネリー&ケリー・ローランドのモンスター・ヒット「Dilemma」(2002年)をサンプリングした「Tick Tock」や、ニュージーランド・オークランドを拠点とする女性ポップ・シンガー=ベニーとデュエットした「Afterthought」、情感込めて丁寧に歌う「Like You Do」等が秀逸。アコースティック・ギターの音色がアクセントになっている、ネオソウルに近い優しい雰囲気の「Upgrade」や、メキシコ系アメリカ人シンガー=オマー・アポロをフィーチャーした、レゲエ風のチルアウト・ソング「High Hopes」も新鮮。

 他、米ニュージャージー州出身のプロデューサー=クラムス・カジノが手掛けた独特のリズムを刻む「Nitrous」、ベーシストのレイ・ブラウンが参加した、アーバン&ジャジーな「Normal People」、イヴ・トゥモアと共演したフロア向けのエレクトロ・ハウス「Reanimator」等、才気が漲った怪作揃い。売れ線もある程度意識しているし、Billboard 200での首位獲得もおおいに期待したいところ。日本国内もヒップホップが再燃しているようだし、Jojiの活躍に触発され全米進出を志すアーティストが少なからず増えてくれれば何より。

Text: 本家 一成