『スマイル』ケイティ・ペリー(Album Review)
『スマイル』ケイティ・ペリー(Album Review)

 本作『スマイル』のリリース2日前に、オーランド・ブルームとの間に授かった第1子女児を出産したケイティ・ペリー 。名前は「デイジー・ダヴ・ブルーム」と名付けたそうで、4曲目に収録された先行シングル「デイジーズ」にも通じている。この2人の子供となると、如何な程の完成度なのか……他人事ながら今から成長が楽しみでならない。

 その「デイジーズ」を軸とした新作『スマイル』には、新型コロナウイルスにより悪化した世界情勢を鑑み、希望や復帰、そしてタイトルである笑顔といったポジティブなメッセージが込められている。カバー・アートで扮した“笑わないピエロ”にも、「笑顔を取り戻そう」という意味があるのだとか。6曲目に収録された「ノット・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」なんかは、まさにコロナ禍に希望を与える前向きなメッセージ・ソングといえよう。

 前作から今作に至るまでの約3年間は、トップスターが故のプレッシャーによる鬱病を発症したり、オーランドとの関係が悪化した時期があったりと、公私共に行き詰っていた模様。たしかに、前作『ウィットネス』(2017年)は商業的に成功したとはいえず、前3作ほどの功績を残せなかった。No.1ヒットを連発していた向かうところ敵ナシ状態の2010年代前期と比較すると、だいぶ苦戦を強いられていた、そんな印象を受ける。

 苦難の時を乗り越え、世間の雑音や重圧を払拭し完成させたのがその「デイジーズ」で、歌詞にもそういった想いがふんだんに盛り込まれている。シングルとしては若干弱いが、それも「ヒットに縛られないスタイル」を確立したからだろう。一方、斬新な衣装やメイクを用いず、マタニティヌードを披露したミュージック・ビデオは、これまでと違う目線でなかなかの衝撃を与えたと思う。この曲が後に子供の名前に繋がり、アルバムの発売日に合わせて出産するあたりも(相変わらずの)策士というか……。

 なお、ボーナス・トラックには「デイジーズ」のアコースティック・バージョンとオリヴァー・ヘルデンス・リミックスが収録されているが、詞・曲・ビデオの雰囲気からすると、シングル・エディットより前者の方がしっくりくる。フロア映えする後者も、原曲以上の華やかさがあるような?同曲のプロデュースを担当したのはモンスターズ・アンド・ストレンジャーズだが、彼らの持ち味が活かされたとは言い難く、それはスターゲイツがプロデュースした「レジリエント」もとい……。

 前月に発表した「スマイル」にも、言うまでもなく減退した世の中から、そして自分自身から笑顔を取り戻そうというメッセージが込められている。ハッピーな雰囲気を醸すニュー・ディスコっぽいサウンドは、本作の中でも1、2を争うインパクト。ゲームの世界を再現したMVも、かつてのケイティ“らしさ”が全面に出たポップな仕上がりで、タイトルを冠しただけの充実感がある。同曲にはノーティ・バイ・ネイチャーのTOP10ヒット「ジャンボリー」(1999年)がサンプリング・ソースとして使われていて、世代によってはヒップホップ風に聴こえるかもしれない。LP限定のトラックには、その色を強めたディディ参加のリミックスが収録されている。

 実質上、本作の1stシングルとなる「ネヴァー・リアリー・オーヴァー」は、ゼッドがプロデュースを担当したケイティ節全開の王道ポップ・チューンで、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で15位、ダンス・クラブ・ソング・チャートでは1位を記録するヒットに至った。ノルウェー出身の女性ポップシンガー=ダグニーの「ラブ・ユー・ライク・ザット」(2017年)からインスピレーションを得たそうだが、まんま……という鋭いツッコミもあったり。なお、ゼッドとのコラボ曲「365」は収録を見送られた。

 「ネヴァー・リアリー・オーヴァー」の後にリリースした「ハーレーズ・イン・ハワイ」は、リゾート感を演出したレゲエ調のチルアウト・ソング。シングルとしては異色というか新たな試みで、大ヒットこそしなかったが、マンネリを打ち破った格別の味わいがある。面白みはないが、風通しの良いハワイの休日が堪能できるビデオも高く評価したい。同曲はチャーリー・プースとの共作で、旋律の節々にその要素が伺える。オーランドとのハワイ旅行が曲になったという経緯も(良い意味で)微笑ましいじゃないか。

 一方、ジョン・ライアンとイアン・カークパトリックの2大人メイカーが参加した「シャンペン・プロブレムズ」では、オーランドとの関係が悪化していたであろう時期について歌われている。とはいえ、修復の意味も含まれた前向きな内容で、曲調は、デュア・リパの『フューチャー・ノスタルジア』を後追いしたようなレトロ・ディスコで、シングルでも十分通用する傑作だと太鼓判を押す。

 前作『ウィットネス』からのシングル「ボナペティ」を手掛けたオスカー・ホルターによるプロデュース曲「クライ・アバウト・イット・レイター」は、インタールードのギターが波打つロックとエレポップをブレンドしたような曲で、スウェーデン出身の音楽プロデューサー=オスカー・ゲレスが手掛けた次曲「ティアリー・アイズ」は、スペイシーなサウンドプロダクションのハウス・トラック。前者は、飲み明かした後の“やっちゃった”エピソードが「ラスト・フライデイ・ナイト(T.G.I.F.)」に、後者は詞・曲共に「ファイアーワーク」の続編的なニュアンスがある。その2曲を輩出した『ティーンエイジ・ドリーム』からの大ヒット「カリフォルニア・ガールズ」(2010年)を下敷きにしたような「タックド」も、サビの“ナ・ナ・ナ~”が耳にこびり付く中毒性の高い逸品。

 時折みせる感情的なボーカル&ゴスペルっぽいコーラスが曲の持ち味を引き立てる、優しい旋律の「オンリー・ラヴ」~女性としての苦悩や存在意義を歌ったカントリー・フォーク調の「ホワット・メイクス・ア・ウーマン」では、これまでの作品では表現できなかったスケールの大きさをみせつけた。

Text: 本家 一成