『ノー・プレッシャー』ロジック(Album Review)
『ノー・プレッシャー』ロジック(Album Review)

 エミネムほどの破壊力とインパクトには欠けるが、それに次ぐ白人ラッパーとしての功績を残しているロジック。米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”では、3rdアルバム『エブリバディ』(2017年)、ミックステープ『ボビー・タランティーノII』(2018年)、そして前作『コンフェッション・オブ・ア・デンジャラス・マインド』(2019年)の3作が首位を獲得。デビュー作『アンダー・プレッシャー』(2014年)からは全てのアルバムがTOP5入りを果たしている。

 本作『ノー・プレッシャー』は、その『コンフェッション・オブ・ア・デンジャラス・マインド』から約1年、6作目となるスタジオ・アルバム。リリース1週間前の7月17日に、このアルバムをもってシーンから退くと宣言し、生まれたばかりの息子と愛する妻との生活を優先するとSNSに投稿したばかりだが、その4日後にはソーシャル・ビデオ配信プラットフォーム<Twitch(ツイッチ)>との独占契約を交わし、今後はマイ・チャンネルから配信していく意向をみせるという、なかなかの迷走っぷりに若干困惑したファンも少なくないはず。

 とはいえ、この過程にも諸々あったようで。「業界におけるストレスがなくなれば、リラックスして人生を送ることができるし、ミュージシャンとしての活動も続けられる」というコメントからして、引退宣言がただの迷走やプロモーションの一環戦略でないことは明らか。トップ・アーティストとしてのプレッシャーから解放され、自分らしくいられる環境で作品を発表していくスタイルは、昨今のユーチューバー・ブームとどこか似ている。日本の芸能界なんかもそうだが、今後はレーベルやメディアに縛られず、アーティスト個人が自由に作品やパフォーマンスを表現できる時代に移行していくのかもしれない。

 ということで<Def Jam>からのリリースはおそらく最後になるであろう、新作にしてラスト・アルバムとなる本作『ノー・プレッシャー』。タイトルが示す通り、プレッシャーから解放されて気持ちの赴くまま……作ったであろう、ロジックらしい音楽の追求が詰められている。明らかにヒットを狙ったような曲はなく、リード・シングルもミュージック・ビデオも、参加ゲストのクレジットもない。前作に続き本作のジャケットを手掛けたサム・スプラットは、「最高のヒップホップ・アルバム」だと絶賛し、ファンからの評価も上々。有終の美を飾ったといえる、すばらしいアルバムに仕上がった。

 プロデュースは、前作や『ボビー・タランティーノII』にも参加した6ixと、ベテランNo I.D.が大半を占める。その他には、トロ・イ・モワや2forwOyNEも参加している模様。サンプリング・ネタも相変わらずマニアックだが、選曲の良さと使いどころの上手さには感服する。

 冒頭のタイトル曲「No Pressure」とトリを飾る「Obediently Yours」には、映画監督のオーソン・ウェルズによるナレーションを起用。著名人のスピーチや映画のシーンを用いるのは昨今の流行でもあるが、ロジックらしいハイセンスでレトロなヒップホップ・トラックにまとめあげている。前者はドラッグ中毒に陥った父親の影が、後者は今年全米を揺るがせたブラック・ライヴズ・マター運動について触れている。

 イントロから繋ぐ「Hit My Line」は、サニーという女性シンガーのクラシック・ナンバー「We Got Love」(1979年)を使用したイーストコースト風ヒップホップ。宗教じみたリリックやマニアックなネタ使い含め、カニエ・ウェストの影響をモロに受けた感じがしないでもない。カニエといえば、2ndアルバム『レイト・レジストレーション』(2005年)収録の「Celebration」を補間した同名曲があるが、早回しスタイル含め、この曲も後追いしたようなサウンド・プロダクション。同曲のネタ元は、モンク・ヒギンスの「One Man Band」(1974年)という曲。

 次曲「GP4」は、アウトキャストの「Elevators(Me&You)」(1996年)を用いたアトランタ風味のミディアム。ロジックは、デビュー作『アンダー・プレッシャー』収録の「Never Enough」でもアウトキャストの「So Fresh, So Clean」(2000年)をネタ使いしていて、彼らの音楽がルーツに大きく反映したということは言うまでもない。そのデビュー作には「Soul Food」という曲があるが、本作収録の「Soul Food II」は、同曲の続編となる。

 その他、エリカ・バドゥの「Didn't Cha Know」(2000年)に使われたことでも有名なフュージョン・バンド=タリカ・ブルーの「Dreamflower」(1977年)をサンプリングしたジャジー・ヒップホップ「Man I Is」、英国のロック・バンド=マンフレッド・マンズ・アース・バンドの「Lies」(1980年)をフックに使った「Heard Em Say」、昨年リリースしたタイラー・ザ・クリエイターの「Running Out of Time」を引用した「Amen」など、年代・ジャンルの枠を超えたネタ曲が傑作揃い。クレジットはないが、その「Man I Is」にはリル・キキが、脳を刺激される珍トラックの「Perfect」にはラッパーのジューシー・Jが、それぞれコーラスで参加している。

 本作含め、昨年発表した小説『Supermarket』、今後の方針からみるに、ヒップホップ・スターというよりは芸術家志向なんだろうと。そういう意味では、メジャー・レーベルから離れて自由な環境で作品を制作するというのは、正しい判断といえる。「これからもミュージシャンとしてラップは続ける」とコメントしていることから、ロジックの新曲をお披露目する機会がなくなるというワケではなさそうだし、諸々……ひと安心。

 しかし、プレッシャーなく完成させたアルバムっていうのは、聴き手にもそれが伝わるんだなと、本作をもってして実感した。

Text: 本家 一成