<緊急寄稿:COVID-19とジャズ>公共機関/NPOの動きが映し出すアメリカ社会にとっての教育の重要性 〈Billboard JAPAN〉|AERA dot. (アエラドット)

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<緊急寄稿:COVID-19とジャズ>公共機関/NPOの動きが映し出すアメリカ社会にとっての教育の重要性

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<緊急寄稿:COVID-19とジャズ>公共機関/NPOの動きが映し出すアメリカ社会にとっての教育の重要性

<緊急寄稿:COVID-19とジャズ>公共機関/NPOの動きが映し出すアメリカ社会にとっての教育の重要性


 これまでCOVID-19状況下のアメリカのジャズ・シーンの動きについていくつか書いてきた。

 この連載では〈GroundUP Music〉のようなレーベル、The Jazz Galleryのようなライブハウス、そして、ミュージシャンをサポートするプラットフォームの「Bandcamp」の事例を紹介したが、言うまでもなく多くのミュージシャンもInstagram Liveなどを使って自宅配信で演奏だけでなく、ファンとのQ&Aをやっていて、個人としてやれることをやっていたと思う。それ以外にもまだまだ動きはあったが、連載の最後に紹介したいのは公共的な施設や団体、NPOの動きだ。

 ミュージシャンやレコード会社、レーベル、マネージメント、ライブハウス、プロモーター、学校などだけでなく、公共的な施設や団体、NPO(=Nonprofit Organization。営利を目的とせず社会的活動を行う民間団体)がかなり重要な役割を果たしているのがアメリカのジャズ・シーンでもある。

 リスナーとしてチェックしておきたいのはサンフランシスコにあるSFジャズ・センター。月額5ドルを寄付する会員になれば、アメリカ西海岸の時間で毎週金曜日PM5時(日本時間の土曜AM9時)に配信されるライブ映像を観ることができる。最近行われたばかりのウェイン・ショーターのトリビュート・ライブなど、素晴らしい企画が満載。要チェックだ。

 とはいえ、これだとライブハウスの配信となんら変わりはない。ここではそういったライブの配信以上の動きを2点紹介したい。

COVID-19禍を「コミュニティ再定義の機会」と捉えるリンカーン・センターの取り組み

 まず紹介したいのがニューヨークはマンハッタンのアッパー・ウエスト・サイドにあるリンカーン・センター。複合的な総合芸術施設で、その中には劇場やホール、図書館を始め、マイルス・デイヴィスも通った名門ジュリアード音楽院もこの施設の一部。そのホールに属するジャズ専門の公共機関「ジャズ・アット・リンカーン・センター(以下JALC)」はトランペッターのウィントン・マルサリスが芸術監督を務めていることでも知られている。

 公共機関のJALCはCOVID-19後の動きが実に速かった。全米で初の外出禁止令を出したカリフォルニアが3月19日、ニューヨークはその3日後の22日に外出が禁止されたわけだが、JALCは3月25日の時点で公式のYouTubeチャンネルでリンカーン・センターで行った4本のライブ動画をフルで公開して、多くの視聴者を獲得しているが、真に注目すべきはそこ以外だろう。

 ウィントン・マルサリスは【Skain’s Domain】という名のZoom会議イベントを立ち上げて、3月23日から毎週ゲストを呼び、アーティスト同士がジャズ史について語り合うオンライン・トークライブやオープンQ&Aを開催。ブランフォード・マルサリス、テレンス・ブランチャード、ジョン・バティステらミュージシャンたちとの対話だけでなく、参加者との対話も行った。COVID-19での外出禁止期間を「私たちのコミュニティを再定義するための機会」としたウィントンのコンセプトは実に力強い。その模様も公式YouTubeチャンネルに残されている。ZoomやInstagram Live、Facebook Liveを使ったものと言えば、ミュージシャンや学生向けのオンラインでの教育プログラムも素早くカリキュラムが組まれて、日々行われている点も素晴らしい。





 また「Lincoln Center at Home」というプログラムで日々過去のライブやオンラインセッション、自宅でのライブなどを発信しているが、その中には「Lincoln Center Pop-Up Classroom」というタイトルでリンカーン・センターでもワークショップやレッスンを行っている講師のオンライン出張レッスンをいくつも公開していたり、コンサート・フォー・キッズとして子供向けのコンテンツもCOVID-19後に制作して配信。そもそもジャズの普及と啓蒙などが日々行われているリンカーン・センターでは「ジャズ・フォー・キッズ」という子供にもジャズに親しんでもらうためのプログラムが組まれていて、そのプログラムがアルバムになっていたりもする。COVID-19以降はそれをオンライン上で行っている。ここではジャズだけでなく、世界中の音楽を学べる動画が配信されていて、中には近年、自身の出身地でもあるトリニダード・トバゴの音楽を取り入れたサウンドで高い評価を得ているトランぺッターのエティエンヌ・チャールズがカリブ音楽を解説する動画なんてものもある。はっきり言って、大人が見たほうが楽しめそうなクオリティばかりで、リンカーン・センターのすごさには驚くばかり。

 普段、僕が取材しているとアメリカのミュージシャンたちの自国の音楽にまつわる歴史から世界中の音楽スタイルまで幅広く精通していることに驚くことが多いのだが、それはこういった教育の姿勢の先にあるものだったのだとCOVID-19状況下に思い知らされた。

「教育」を中心に動くアメリカのジャズ・シーン

 教育に力を入れていたのはリンカーン・センターだけではない。もう一つ興味深いのがNPOの「ハービー・ハンコック・インスティテュート」。1986年に「セロニアス・モンク・インスティテュート」として設立され、2019年から長年、理事長を務めていたハービー・ハンコックの名前が冠された今の名前になった。インターナショナル・ジャズ・デイ(国際ジャズデイ)を運営しているほか、長年【セロニアス・モンク・コンペティション】と呼ばれた若手ミュージシャンのコンペティションを開催して、優秀者には賞金やメジャーデビューの権利を与えたことで知られている。古くはジョシュア・レッドマン、21世紀以降ではグレッチェン・パーラト、ティグラン・ハマシアン、アンブローズ・アキンムシーレ、映画『グリーン・ブック』の音楽を手掛けたクリス・バウアーズなどがここで優勝し、華々しいキャリアを始めたのでご存知の方も少なくないかもしれない。





 ただ、ここの活動のメインは教育や研究。2年間、奨学金付きで授業料無料の大学院的なプログラムをカリフォルニアのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で行っているほか、子供たちへのジャズ教育のサポート、更にはヴィジェイ・アイヤーらと組んでの高度なジャズ研究や新たな音楽教育プログラムの研究開発なども行っていて、21世紀のジャズを語るには欠かせない機関としても知られている。

 4月13日にCOVID-19後の対策を発表し、教育プログラムのオンライン・サマー・セッションを行うことを決めた。ジャズを学んでいる子供たちに45分×8本の講義でジャズの歴史を一気に学べるプログラムを無料で提供する。また全米各地にある提携校には「ハービー・ハンコック・インスティテュート」の講師たちがオンラインでの様々なレッスンを用意することにもなっている(ちなみにハービー・ハンコック・インスティテュートの提携校の卒業生にはジョエル・ロスなどがいる)。新しいアイデアやテクノロジーが介在しているわけではない。ただ、教育に関してはどれだけ穴を広げないようにするか、どれだけサポートできるかという視点で、オンラインに頼らなければならない状況下でもできることをシンプルに遂行しているように思える。

 このようにまず教育をどうするかを考えて動くのがアメリカのジャズ・シーンの強さの理由だろう。しかも、それが〈GroundUP Music〉のようなレーベルから、The Jazz Galleryのようなライブハウス、更には公共機関やNPOなど、様々なレイヤーで行われている。その他にもCOVID-19対応というわけではないが、ワシントンDCにあるケネディー・センターのサイトを見れば、オンライン授業を行う教師が読むための記事やそれに適した外部サイトを集めたリンク集のようなページが用意されていたり、実際のオンライン・ワークショップやレッスンの進め方やそのための資料がダウンロードできるページが用意されていたりと教育への意識の高さを随所に感じさせる。それは当事者自身も含めて「学ぶこと」と「学んだことを次の世代に教えること」の意味が共有されている証明だとも言えるだろう。

COVID-19と「アメリカのジャズ」

 2019年にスナーキー・パピーのマイケル・リーグにインタビューした際、彼は「教育はジャズの一部だ」と言い切った。ジャズはアメリカが生んだアートであり文化であるそれだけでなく、コミュニティのための音楽であり、マイルス・デイヴィスが言ったように社会のための音楽=ソーシャル・ミュージックでもあるのだということは、これまでにも散々実感してきたが、それを今までで最も強く感じたのはCOVID-19後、つまり今かも知れない。

 公共的な施設や団体、NPOがここまでシーンを支えることができているのは、公的な資金、そして、多くの寄付があってこそ。どの団体も活動資金を出資してくれる企業を募るだけでなく、個人からの寄付を募るためにも胸を張って、その活動をアピールし、サポートを求めている。それ故に、そこに関わる、もしくはそこからの恩恵を受けてきたミュージシャンたち、もしくは音楽シーンの多くの人たちが、コミュニティにとって、もしくは社会にとっての自分たちの役割や存在意義みたいなものを常に自らに問うているようにも見える。今回のような非常時に、まずは次の世代への教育へと意識を向けるのもそんな意識ゆえかもしれないとも思う。

 だからこそCOVID-19後のジャズ・シーンの動きはアメリカにとってジャズがどんな音楽であるかを鮮やかに映し出している、と僕は感じている。

Text:柳樂光隆(Jazz the New Chapter)


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