<緊急寄稿>音楽制作の現場=スタジオ営業再開へのガイドライン、知っておくべき20の基礎知識
<緊急寄稿>音楽制作の現場=スタジオ営業再開へのガイドライン、知っておくべき20の基礎知識

 グラミー賞を開催する米国レコーディング・アカデミーは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の対策と、音楽活動の維持に向けた提案を、アーティストやプロデューサー、スタジオ運営者など、3月以降、あらゆる関係者に向けて積極的に行ってきた。

 先日、発表された新たなガイドラインは、レコーディングスタジオの段階的活動再開に向けて、スタジオ運営者やレコーディングエンジニア、プロデューサーなど、制作現場の最前線で働く人が、共同作業を行う際に知っておくべき、20個の安全対策のハウツー情報だった。

 ガイドラインは、レコーディング・アカデミーのメンバー用ネットワークで共有されたが、ネットでも無料で公開され、海外の主要な音楽メディアや、業界向けメディアで、広く共有された。

 なお、ガイドラインの作成には、ナッシュビルやフィラデルフィア、ニューヨーク、ハリウッドなどにある、著名なレコーディングスタジオのオーナーや、グラミー受賞経験あるエンジニアたち30人以上が協力していて、音楽活動を再開しようとするプロデューサー・エンジニア・コミュニティの連帯感は、注目に値する。

 ここで示された情報は、日本でレコーディング・スタジオを運営する企業や、リハーサルスタジオの事業者、さらにはプライベートスタジオの運営や、自宅レコーディングを行うアーティストも、活用できる情報だ。そして、あらゆる業界内の事業者向けにガイドラインの策定を急ぐ、音楽業界のヒントにもできるはずだ。

 日本国内での情報では、新しい生活様式の公表後に、いち早く公開された、日本音楽スタジオ協会のガイドラインをご覧いただきたい。

・音楽業界に特化した、対策の工夫

 スタジオ運営者の立場であれば、一刻も早く営業を再開したい。だが、再開に向けて、利用者の安全を確保するためには、どのように対策を図り、気をつけるべきか、多くの疑問が残る。

 行政の対策や対処法を待つべきなのは、音楽に限らず、どの業種でも同じだ。だが、行政は音楽の専門家ではない。だから、音楽業界の人間同士が、知識や経験に基づいたアドバイスと情報を共有しながら、安全な活動再開を目指そうというのが、レコーディング・アカデミーの狙いなのだ。行政が策定する感染予防のガイドラインを最優先にするべきと、レコーディング・アカデミーはガイドラインが提案であるを強調している。

 もう一つ重要なのは、情報共有だ。コロナ禍以降、海外の音楽業界では、レコーディング・アカデミーのような業界団体が主体となって、経済活動再開や、創作活動の維持に必要な情報共有を、オンラインで積極的に行っている。メールやSNSだけでなく、ZoomやTeamsなどを活用したバーチャルワークショップやセミナーも定期開催する。元々団体メンバーのネットワーキングがオンラインで維持されてきたことが大きいが、情報を整理して、対策を考えるヒントを常に提供する仕組みの利点が、COVID-19でも機能した訳だ。

 例えば、経済再開を視野に入れる時、ミュージシャンや、現場の当事者が今、必要なのは、音楽やエンタテインメント・シーンに特化した、具体的な対策案情報の共有だ。日本の音楽業界や文化団体で多数見てきた方もいると思うが、「業界からの想い」で共感を呼びかけても、具体性に欠けるだけだ。常に変化するCOVID-19対策をスピーディーに講じ、オンラインで情報共有することが、コロナ以降の音楽業界は真剣に検討すべきだろう。

・ソーシャルディスタンス下でのスタジオ運営

 ここからは、レコーディング・アカデミーが奨励する、安全なスタジオ運営を紹介していきたい。詳しい内容を知りたい人は、ガイドラインを直接ご覧いただきたい。

1.基本的な対処法では、最低2メートルのソーシャルディスタンスを確保するための、設備の調整が必要になる。廊下など、ソーシャルディスタンスが出来ないエリアは、人がすれ違わないように、行き来するよう指示しておきたい。録音スタジオに限らず、廊下やエレベーター、その他のスペースで、人が集まって、喋ったりしないよう、配慮が必要だ。

2.全てのスタジオ来場者には、マスク着用を必須とし、予備のマスク、フェイスガード、手袋も、常に常備しておく。

3.ボーカル収録や楽器演奏は、個別の録音スタジオを用意するなど、人との接触が無いスペースを使う。特に、複数が作業するコントロールルームではボーカル収録は行わないよう、気を付ける。

4.スタジオ利用者の人数制限が大事になる。そのために、予め必要最低限な人数の基準を、決めておこう。スタジオだけでなく、コントロールルームや、録音スタジオに入れる人数も基準を作っておきたい。基準となるのは、2メートルのソーシャルディスタンスを守るための距離で考えると、良いだろう。事前にクライアントには、人数制限の旨を連絡しておく必要がある。

5.利用者のスタジオ入退場にも気を配りたい。紙で利用記録を付ける変わりに、オンラインで申請してもらうことも検討すべきだ。入館用のツールがなければ、メールやLINEなどのアプリで代用できる。さらに当日の検温も、オンラインでスタジオに自己申告するよう、準備してもらおう。事前申告ができなければ、スタジオではタブレットで入力してもらい、適度に消毒しておきたい。支払いに関しても、可能なら電子決済を導入してことを検討すべきだ。

6.スタジオでの対策や制限を、クライアントや関係者には事前に連絡しておこう。そしてスタジオ内でも情報を貼るなどして、対策への協力を促したい。

7.エレベーターの利用に人数制限を設け、マスク着用を義務付けたい。

8.利用者がスタジオに入る際に、靴を消毒するか、施設内用の靴を持ち込んでもらうことも検討したい。スタジオ施設を出入りする際には、毎回手洗いを義務付けて、セッション中も適度に行ってもらう。

9.エンジニアが録音スペースに入る際には、常にマスク着用を義務付け、手袋を利用して作業するよう気を付けたい。そしてミュージシャンとのソーシャルディスタンスを徹底したい。

10.スタジオ内の定期的な消毒、特に人が接触する部分の消毒が、大事になる。スタジオの機材や、座席、ドアノブ、手すりなど、細かい部分まで、決められた時間には担当スタッフが、消毒に回るスケジュールを事前に準備しておきたい。また、行政が奨励する消毒液や消毒キットは常に常備しておこう。

11.録音で使用するマイクの消毒は、全てのセッションで行う。ミュージシャンやボーカリストには、各自のポップガード・フィルターを持参してもらい、消毒しながら使ってもらうなど、注意を払う必要がある。

12.消毒用のウェットティッシュやペーパータオル、足で蓋が開閉するゴミ箱、消毒液をトイレに用意しておく。トイレ利用の際には、クライアントとスタッフが接触する箇所を常に消毒するよう気を付けたい。

13.消毒液をスタジオ内に複数配置しておく。

14.必要であれば、ミュージシャンやボーカリストには、ヘッドフォンを持ち込んでもらい、各自が消毒して使ってもらう。機材の共有からの感染を避けることが狙いだ。

15.スタジオ内での食事の提供や、ケータリング、テイクアウトの持ち込みなど、飲食を止めるようにする。コーヒーや水など飲み物は持参するよう、事前にクライアントに要請しておきたい。スタジオが提供する食べ物や、持ち込んだ飲み物を共有することは避けたい。食事を持ち込む際には、スタジオに入る際に入れ物や箱を消毒してから持ち込む。キッチンを使う際にはソーシャルディスタンスを保つ。

16.同じ時間帯にセッションが重なる際、入り口やトイレの利用で、人が密集しないよう、時間帯を調整することを検討すべきだ。

17.空調システムの確認を事前に行い、必要であれば交換しておく。

18.マイク、機材、楽器の安全な除菌には、UV除菌ライトも有効的だろう。UV(紫外線)ライトはコロナウイルスを直接除菌することはまだ証明されていない。使う際には、消毒剤などの消毒方法と併用した方がいいだろう。

19.リモートワークを導入することも、スタジオ再開の手段の一つだ。音源の編集、ミックス、ステムの共有などの作業は、スタジオでなくても自宅からでも出来る。

20.スタジオで働くスタッフのスケジュールや、セッションのスケジュール管理は、ソーシャルディスタンスに対応可能な人数を軸に行う。

※参照
The Recording Academy's Producers & Engineers Wing Shares List Of Safety Measures For Studios Preparing To Reopen

◎プロフィール
ジェイ・コウガミ(デジタル音楽ジャーナリスト)

世界の音楽ビジネスに特化したニュースメディア、All Digital Music編集長。「デジタル×グローバル音楽」をテーマに、世界の音楽企業、アーティスト、経営者への独自取材、ビジネスモデル分析やリサーチデータを軸にした執筆など、国内から海外まで多領域で活動する。また、エンタテインメントにフォーカスしたテクノロジーメディア会社CuePointを設立、レコード会社や音楽企業に対して、海外展開やデジタルマーケティング、市場分析に関する、戦略コンサルティングを行う。2019年から、イギリスの音楽マーケティングサービス会社「Music Ally」の日本事業展開およびメディア編集を担当。

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