『エヴリデイ・ライフ』コールドプレイ(Album Review)
『エヴリデイ・ライフ』コールドプレイ(Album Review)

 「イエロー」や「トラブル」などのヒットを輩出したデビュー・アルバム『パラシューツ』のリリースから、来年で20周年を迎える。コールドプレイがシーンに登場したのなんて“ちょっと前”くらいの感覚だったが、時が経つのは本当に早いもので、気づけば彼等の立ち位置もベテラン寄りの中堅になりつつある。しかし、これだけ長いキャリアながらも、人気の衰えを一切感じさせないということがまず凄い。

 チャートの功績でいえば、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”では最高5位をマークした2ndアルバム『静寂の世界』(2002年)以降のアルバムがTOP5入りしているし(うち4作が1位)、本国UKチャートでは、前述のデビュー作『パラシューツ』から2015年リリースの前作『ア・ヘッド・フル・オブ・ドリームス』まで、全てのオリジナル・アルバムがNo.1に輝いている。

 待望の新作『エヴリデイ・ライフ』は、その『ア・ヘッド・フル・オブ・ドリームス』から約4年、通算8枚目となるスタジオ・アルバム。それほどブランクがある感じがしないのは、その間にザ・チェインスモーカーズとのコラボ曲「サムシング・ジャスト・ライク・ディス」(2017年)の大ヒットがあったり、日本でも東京ドームで公演が行われた【ア・ヘッド・フル・オブ・ドリームス・ツアー】のインパクトが強かったから、だろうか(アンコールの「ア・スカイ・フル・オブ・スターズ」は最高だった!)。

 本作は、同ツアー中に起こった出来事や世界情勢、社会的・政治的内容を自身等の観点で盛り込み、「国や人の価値観それぞれに違いはあるが、1日という日は皆平等に訪れる」というテーマを基にしたコンセプト・アルバムだそうで、「SUNRISE(日の出)」と「SUNSET(日の入り)」の2部構成・2枚組としてリリースされている。

 モノクロのオールドタッチなジャケット・アートは、今から約100年前の1919年11月22日に撮影された、ヴィック・バックランドというオーケストラの写真にメンバーの顔を摩り替えたものだそう。同バンドには、メンバーのジョニー・バックランドが敬愛する曽祖父が所属していたそうで、アイデアも斬新ながら、現代の編集技術がいかに凄いかも改めて思い知らされた。

 アルバムからは、前月に「アラベスク」と 「オーファンズ」の2曲が先行シングルとして解禁されている。制作はいずれもメンバー4人によるもので、プロデュースは過去作でもおなじみのリック・シンプソンが担当した。

 「アラベスク」は、シンプルで短編ながらも「同じ母から生まれ、同じ血を分けあっている」~「僕が君、君が僕だったかもしれない」という含蓄のある歌詞が印象的。サウンドは、フェラ・クティの息子でサックス奏者のフェミ・クティが間奏で鳴らすアルト・サックスが相当イケてる、アバンギャルドなジャス・ロックで、これを先行シングルにもってくるあたり、商業的気質は弱いアルバムといえるのかもしれない。

 「オーファンズ」は、力強いコーラスが広大な大地に回帰するような雰囲気を醸す、どこかワールド・ミュージックの要素も感じられるアコースティック・ロック。ミュージック・ビデオでは、かつての8ミリフィルムで映したような映像に、クリスが路上で弾き語る姿や、自由に踊る若者たちと波辺で戯れるメンバーの自然体が映し出されている。制作陣にはマックス・マーティンの名前もクレジットされているが、それはちょっと意外だった。

 <サンライズ>サイドは、エドヴァルド・グリーグの「朝」を彷彿させるオーケストラの奏が美しいタイトル曲から、コールドプレイらしいオルタナティブ・ロック「チャーチ」へと移行する。「チャーチ」には、2016年に射殺されたパキスタンのシンガー、アムジャド・サブリの「Jaga Ji Laganay」という曲がサンプリングされていて、曲間飛び交うアラビア語が祈りにも怒りにも聴こえる。ソングライティングには、ノルウェイのプロデューサー・チーム=スターゲイトも参加した。

 続く「トラブル・イン・タウン」も強烈。この曲では、肌の色による人種差別や暴行が未だ在ることを訴えていて、警官が罪のない男性(おそらく白人ではない)にプロファイリングする音声をインタールードで流し、彼等がどういった扱いをされているのかを問題視している。トラックも暗く、重い。次曲「ブロークン」は、元プロデューサーであるブライアン・イーノに捧げたとされるナンバーで、ゴスペル・コーラスをバックに、オルガンの演奏に乗せて歌うクリスのボーカルが優しい、レトロ・ソウルを彷彿させる傑作。

 「ダディ」は、去ってしまった父に対して子供が投げかける“やさしさ”が泣けるピアノ・バラード。リリース前にツイートされた、アニメーション映像とのコラボも涙腺が緩む仕上がりだった。コーラスをバックにアカペラで歌う「ホウェン・アイ・ニード・ア・フレンド」も、ホリデー・シーズンに教会から聴こえてくる、クリスチャン・ソングのようなイノセント感に溢れている。

 アメリカの銃規制について考えた、アコースティックとラテンを調和したような「ガンズ」ではじまる<サンセット>サイドも、社会的なメッセージ・ソングが満載。ナイジェリア南西の都市ラゴスについて歌った、優しいアコースティック・メロウ「エコ」、主にはゴスペル・グループで活動したアメリカのソウル・シンガー=ガーネット・ミムズの「クライ・ベイビー」(1963年)という曲をサンプリングした、6/8拍子のブルージーなミディアム「クライ・クライ・クライ」、クリスの幼なじみについて歌った、オーガニックでリラックスした空気感の「オールド・フレンズ」など、過去の作品ではなかったタイプの楽曲にも取り組んでいる。

 イランの詩人=サーディ・シラジにインスパイアされ、世界平和という壮大なテーマに取り組んだ「バニ・アダム」、昨年5月に死去したフライトゥンド・ラビットのスコット・ハッチソンを称えた「チャンピオン・オブ・ザ・ワールド」もいい曲。後者には、スコット自身の名前もソングライターとしてクレジットされ、彼のバースデーである11月20日に先行配信された。ラストに連呼する“ハレルヤ”が耳にこびりつく、コーポレイト・ロック調のタイトル曲「エヴリデイ・ライフ」と聴き心地の良いナンバーが続き、最後はコールドプレイらしいオルタナ・ロック「フラッグス」で幕を閉じる。

 2010年代は、『マイロ・ザイロト』(2011年)以降の3作がエレクトロ色の強いポップ・アルバムだっただけに、本作を初聴した際のギャップは大きかった。解釈がちょっと難しかったり、気持ちが落ち込むような曲もあるが、上っ面でなぞっただけの駄作は一切なく、世界情勢を見定めた上で綴った歌詞含め、大きく転身を図った意欲作といえる。本作のツアーについて「環境の配慮」により行わないと公言していたが、アルバムのコンセプトからするとその決定も納得はできる。

Text: 本家 一成