「ルールは“自分が大好きな曲しか演奏しない”こと」- ヴォロディンが語り、ロシアン・ピアニズムを肌で感じるナイトラウンジ【THE NIGHTCAP】が代官山 蔦屋書店で開催 〈Billboard JAPAN〉|AERA dot. (アエラドット)

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「ルールは“自分が大好きな曲しか演奏しない”こと」- ヴォロディンが語り、ロシアン・ピアニズムを肌で感じるナイトラウンジ【THE NIGHTCAP】が代官山 蔦屋書店で開催

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「ルールは“自分が大好きな曲しか演奏しない”こと」-  ヴォロディンが語り、ロシアン・ピアニズムを肌で感じるナイトラウンジ【THE NIGHTCAP】が代官山 蔦屋書店で開催

「ルールは“自分が大好きな曲しか演奏しない”こと」- ヴォロディンが語り、ロシアン・ピアニズムを肌で感じるナイトラウンジ【THE NIGHTCAP】が代官山 蔦屋書店で開催


 “NIGHTCAP”――片仮名でナイトキャップと書くと、寝る時にかぶる帽子をイメージされるかもしれないが、実は「寝酒」という意味も持つ。お好きな方にとっては寝る前に飲むお酒ほど、心地よいリラックスタイムをもたらしてくれるものはないはずだ。

 そういう心が解きほぐされる時間だからこそ、ちょっとした言葉や音楽にいつも以上に感じ入ってしまう。そんな体験をしたことはないだろうか。お酒を嗜まない方であれば、一日のなかで自分がもっとも肩の力を抜くことが出来る時間を想像していただければいいだろう。どれだけ楽しんでいたとしても気付かぬまにストレスを溜めがちな仕事や家事に育児といったものから離れ、自分が自分らしくいられる時間――。

 ひょっとしたら現代人に一番足りていないこうしたひと時に、自分の好きなドリンクとともに肩肘張らず、小難しいことをなーんにも考えることなく、ただただ上質な音楽を味わうことが出来たらどれほど幸せなことだろう……。そんな夢のような時間を提供してくれるのが【THE NIGHTCAP】である。



 2019年10月16日に開催された第1回の【THE NIGHTCAP】には、現代ロシアを代表するピアニストとして世界中で引っ張りだこのアレクセイ・ヴォロディンが登場。ロシア人というと一般的に、ガタイがよくて強面なイメージがあるかもしれない。けれどもヴォロディンは体つきこそ大柄であるが、目尻のさがった柔和な笑顔が印象的。誰もがひと目見れば、人柄においても音楽をする上でも、彼が優しさに溢れた人物であることを一瞬で理解するはずだ。

 今回は、『東京ウォーカー』をはじめとする雑誌ウォーカーの総編集長を務めていた(現:KADOKAWA・2021年室エグゼクティブプロデューサー担当部長の)玉置泰紀がモデレーターとして共に登壇し、いわば観衆の代表として素朴な疑問をヴォロディンに投げかけていく。

 初めて日本を訪れた18年前と現在で日本の印象の変化について尋ねれば「変わったかという言い方をしてしまうと、プラスがマイナスになったり、その逆であったりするような感じを受けますが、そうではなく、印象が複合的 complexなものになりました」と応じ、世界を股にかける旅続きの生活について聞けば「旅は大好きなのですが、最近は長期的に家にいるのも良いのかなと思うようになりました。人間は自分が手に入れられないものに憧れるのが自然なのかもしれませんね」と答えるなど、真正面から質問に答えつつも、そこに彼独自の視点がしっかりと感じられる。

 それと同時に等身大の答えは、アーティストもまた私たちと同じ、現代を生きる普通の人間のひとりであることを思い起こさせてくれる。世界トップクラスのアーティストの言葉と音楽に間近で触れられるにもかかわらず、観客に緊張を強いらないのは、出演者側も正装ではなく普段着でステージにあがり、ソファーに深く腰掛けて肩の力が抜けているのが伝わってくるからだろう。非日常の世界に触れられるのもクラシック音楽の魅力だが、こうして日常に寄り添ってくれるのもまたクラシックが長らく愛されてきた理由のひとつであることは言うまでもない。

 次第に話題は、来週に控えるリサイタルへと移っていく。まずは10月21日に紀尾井ホールで開かれるピアノ・リサイタル2019【Fairy Tales】について。どのようなコンセプトを持ったコンサートなのだろうか?

 「私が演奏会のプログラムを組む際には、何らかのストーリー性を持たせるようにしていて、コンセプトを表すタイトルを付けています。そして、私のなかにひとつの大きなルールがあるのですが、それは“自分が大好きな曲しか演奏しない”ということ。今、自分の心があまり動かないものはプログラムに入れないのです」

 今回のコンセプトの核になっているのはロシア出身で、後にイギリスに移住した作曲家兼ピアニスト、ニコライ・メトネル(1880~1951)による「おとぎ話集 Fairy Tales」――そう、まさにこの曲集からリサイタルのタイトルが取られているのだ! モデレーターの玉置も大好きだというメトネルだが、残念ながら日本のみならず、メトネルの生まれた本国ロシアでも知名度は高くないのだが……。

 「音楽が有名か無名かは自分にとって大事なことではありません。その音楽が魂に触れるかどうかだけが重要なのです。そんな言い方をするとプロフェッショナルっぽくないかもしれませんが、音楽をどう分析したとしても、その音楽が活きてこなければ何にもなりませんよね。私がメトネルの音楽に感じた情熱を、今度は聴きにきた皆さまに伝えたい。それがメトネルを取り上げる理由なのです」

 ヴォロディンが、こう英語で熱い思いを語ったあとに通訳が入ったのだが、その日本語訳の長さに彼自身驚いたようで……。
 「え?(笑)そんなに話していましたか?私は普段、音楽をあまり語れないので、こんなに話していたことに自分で驚きました(笑)」

 これにはモデレーターの玉置も、観衆も大笑い。こうしたアーティストの素の表情がみられるのも、【THE NIGHTCAP】のアットホームな空気感があってこそのものだろう。

 ここで話は「ロシア的なもの」の話題に。数々の音楽や文学、更には映画などにも共通して感じるロシア感、あの空気感の正体は何なのだろうか?

 「ロシアというのは“空間そのもの”だと思っています。モスクワやサンクトペテルブルクといった大都市ではなく、地方へ旅をしてみると分かりますが、ひとつの村と隣の村のあいだに凄い距離がある。しかも距離が問題なのではなくて、その間には何にも無いのです。ただ原っぱがあって、樹が生えている……ただそれだけなんです。この膨大な空間に圧倒される――それがロシアなんです。国内の時差が10時間もあるので、ロシア国内の移動でも“自分は一体いまどこにいるんだろう?”と思ってしまうほどで、流れる時間もとてもゆっくりしています。そうした空間と時間、そしてあの天候がロシアすべてに影響を及ぼしているのです」

 今回のプログラムではメトネルに加え、ロシア音楽の代名詞的存在であるチャイコフスキーも演奏される。しかも(ディズニー映画版でも、このチャイコフスキーの音楽をもとにしているため)誰もが知るバレエ《眠れる森の美女》を、ロシアが誇る名ピアニスト、ミハイル・プレトニョフが超絶技巧のピアノ曲として編み直したバージョンを取り上げるのだ。確かにこちらも「Fairy Tales おとぎ話」的な音楽だが、実はここにも観客を思うヴォロディンの心意気が込められていた。

 「先ほどもお話ししたように私は大好きな曲しか弾かないのですが、そのなかで(皆さまにとって馴染みの薄い)新しい音楽と、人気が高くてよく知られた音楽を組み合わせて紹介したいと思っています。とにかくコンサートは、来ていただいた方に楽しんでいただくというのが一番大事なことですから、新しい曲を知ってもらうというのはその次なのです。人々は自分の好きな曲を聴きたいから、音楽ホールまで出かけてきてくださるわけですよね。好きな曲だからこそその期待も高まるわけですし。だから、私は知られていない曲ばかりでプログラムを構成するのは、如何なものかと思っているのです」

 自分の好きな音楽を押し付けるのではなく、あくまでも聴衆と音楽をシェアしたい……そのような思いが言葉の端々から伝わってくる。「私は普段、音楽をあまり語れない」と言っていたのが、にわかには信じられなくなるほど、リラックスした姿で饒舌に語り続けるヴォロディン。このレポートで引用した言葉は一部に過ぎないため、全体像は是非、動画でたっぷりとご覧いただきたい。

 動画ではトークのあとにピアノ演奏もお楽しみいただけるので、絶対にお見逃しなく。演奏が始まるのは54分ぐらいから。そこから、なんと20分以上にわたり、ショパンの名曲が披露されていく。

 ある程度は動画でも伝わるはずだが、がっしりとした体躯と裏腹にヴォロディンの弾くピアノの魅力は何といっても、極限の弱音を追求した美しく繊細な音色にある。弱音が充分に活かされているからこそ、より全体がダイナミックに聴こえるのだ。無理にピアノから大きな音を出そうすると汚い音が出てしまうものなのだが、ヴォロディンの音色は常にブリリアント。

 これでも充分凄いのだが、リサイタルでは会場が日本を代表するコンサートホールのひとつである紀尾井ホールとなり、演奏楽器も世界中のピアニストから選ばれる最高峰のスタインウェイによるフルコンサートグランドピアノになる。現代ロシアを代表するピアニスト、アレクセイ・ヴォロディンの真価を味わう理想的な環境となることは間違いない。

 オーケストラがお好きな方であれば、彼がソリストとして出演する日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会に足を運ぶのもお薦めだ。こちらも今、世界的に注目されている指揮者ピエタリ・インキネンと共に、ベートーヴェンのピアノ協奏曲(18~19日は第4番、26~27日は第1番)を披露してくれる。どちらの曲でもヴォロディンの美音と歌心を活かしたダイナミックな演奏を心ゆくまでご堪能いただけるはずだ。

 アーティストと過ごすナイトラウンジ【THE NIGHTCAP】の第2回開催が早くも待ち遠しい。次はどんなアーティストが出演し、飾らない素顔を披露してくれるのか。気になる方は、主催するKAJIMOTOのSNSをフォローして、その続報を待ちたい。
Texxt:小室 敬幸



◎イベント情報【THE NIGHTCAP】
2019年10月16日(水)
代官山蔦屋
セットリスト:
ショパン 「夜想曲第5番 嬰ヘ長調 Op. 15-2」
ショパン 「舟歌 嬰ヘ長調 Op. 60」
ショパン 「夜想曲第20番 嬰ハ短調(遺作)」
ショパン 「ポロネーズ 変イ長調《英雄》 Op. 53」


◎公演情報
【アレクセイ・ヴォロディン ピアノ・リサイタル 2019「Fairy Tales」】
2019年10月21日 (月) 19:00
紀尾井ホール
曲目:
メトネル「おとぎ話集」から
チャイコフスキー(プレトニョフ編)「バレエ「眠れる森の美女」組曲」
バラキレフ「イスラメイ」


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