忘れられない夏の終わりの1週間【世界音楽放浪記vol.62】
忘れられない夏の終わりの1週間【世界音楽放浪記vol.62】

振り返ってみたら、あの時がターニングポイントだったのかもしれない。皆さんも、そんな経験があるのではないだろうか?今年の8月第3週は、もしかしたら、私にとって、そうなるかもしれないような1週間だった。

火曜日に、ある海外の名門大学から、共同研究のリファレンスがあった。詳しくはまだお話し出来ないが、歌詞表記に関するものだ。歌詞言語とポップ・ミュージックの関連性は、私にとって大きな研究課題だ。また、海外での「日本語教育」という見地では、せっかく日本語を修得しても、それを生かした仕事に就くことが出来ない優秀な方々が、世界中に非常に多いことが気になっている。故国にいながら、日本語の能力を生かして生計を立てるネットワークを構築することは、日本の未来にとって大切なファクターであることは間違いない。

水曜日は、講師を務める明治大学のオープンキャンパスに参加した。「新しいことを始めるなら、まず、自分たちのことを知るべきだ」という意図で行っている、学生たち自らによる音楽に関する意識調査の発表に立ち会ったのだ。2つの興味深い傾向が見て取れた。1つは「1人1ジャンル」。好きなアーティストの名を尋ねると、学生は、各自が違う名を挙げる。2名以上の支持があったのは、たったの1組だけだ。また、「カラオケ」は歌うだけでなく、新しい歌を知るメディアに変容している。もう1つは「セレンディピティ」、つまり偶然の発見や直感を大事にする風潮だ。マーケティングの観点から考えると、セレンディピティを如何に演出するかが、とても重要になっていることがわかる。

金曜日には、かねてから制作準備を進めていたラジオ番組『ミュージック・バズ』の夏期特集版が生放送された。ようやく陣容が整ったというところで、まだブラッシュアップしなければならないことは多々あるが、「ファクト・ベース」というコンセプトを大切に、明るく楽しく制作できればと考えている。新しい番組をローンチさせるのは、いつも大変だが、楽しいものだ。10月から毎週土曜日、午後1時05分からNHKラジオ第一でウィークリー放送になる。リスナーの皆さんと一緒に、大きく育てていけたらと願っている。

土曜日は、八戸で開催された【ワールドハピネス2019】の観客となった。高橋幸宏さんがキュレーターを務めるこのイベントは、東京でこれまで開催されてきたが、YSアリーナ八戸という竣工したばかりの屋内スポーツ施設の柿落としとして、初めて地方展開されたのだ。幕開けのコーネリアスから、ゴスペラーズ、きゃりーぱみゅぱみゅ、槇原敬之、テイ・トウワ、そして、ラストを飾る高橋幸宏さんのステージでは、スペシャルゲストとして盟友の鈴木慶一さんも登場するというラインナップは、圧巻の一言だった。音楽向けに作られていない新しい会場で実施することは、大変な苦労があったと思われるが、会場は約一万人の聴衆で埋め尽くされ、特に、八戸やその近郊の皆さんが音楽フェスを初体験し、とても喜んだ表情で堪能していたのが印象的だった。ライブビジネスは、典型的な都市型モデルだが、地方の一都市でこれだけの動員を図ったのだ。八戸の中心街までの道のりは、徒歩以外、ほぼ移動手段がなかった。初対面の人たちと、このフェスが如何に楽しかったかを語り合いながら歩いていたら、あっという間にホテルに到着した。

晩夏の1週間は、全てが「初めてのこと」だったから、記憶に強く残っているのだろう。Text:原田悦志

原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明治大学講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。