「都市音楽」から拡がる「内なる資源」の可能性【世界音楽放浪記vol.59】
「都市音楽」から拡がる「内なる資源」の可能性【世界音楽放浪記vol.59】

7月22日から5日間にかけて「NHKラジオ第一」で放送された「ポップシティツアー」が終了した。5月に放送された第一弾は「渋谷」「名古屋」「大阪」「沖縄」「ニューヨーク」。そして今回は「湘南」「福岡」「札幌」「広島」「ロサンゼルス」。望外なほどの温かいリアクションに、心から感謝申し上げます。

この番組を制作するきっかけは、渋谷系の始祖である、音楽プロデューサーの牧村憲一さんとの「ネット上での立ち話」だった。いわゆる狭義の「シティポップ」は、1970年代後半から80年代前半にかけて、欧米で人気を得ていたAOR(Adult Oriented Rock)に呼応して生まれた、都心の先端的な空気に似合うような、大衆的な歌謡曲に対するオルタナティブな作品群だ。当時の音楽シーンの状況を鑑みれば、如何に挑戦的であったか、容易に想像できる。「異端がやがて正統になる」好例の一つだろう。

制作を進めているうちに、「都市の音楽」とは何かということに、思いを馳せるようになった。言うまでもなく、都市は、ヒト・モノ・カネを吸引する力があり、潜在的な成長の可能性が周縁の地より高い。そして蓄えられた巨大なエネルギーは、国内だけでなく、世界へとパワーを発信する。日本の場合、東京への過度な一極集中が顕著だが、地方にも独特の音楽シーンを持つ都市も少なくない。また、東京というコングロマリット的な大都会も、中心や近郊に内在する「まち」というエリアを紐解けば、興味深い素顔を垣間見ることもできる。

「水先案内人」には、「その都市にゆかりのある音楽関係者」と、「その都市のラジオDJ」を起用した。東京にいたままでは分からない固有の音楽性が、彼らの口を通して語られることにより、鮮明になっていった。「福岡」で出演した鮎川誠さんは、音楽活動を始めた頃の思いを、こう語った。「ロンドンにはローリング・ストーンズ、リバプールにはビートルズ、ニューオーリンズにはミーターズ、ニューヨークにはヴェルヴェット・アンダーグラウンドなど、素敵な音楽は素敵な自分のまちから生まれているのに、何で日本だけは東京まで行かないとデビューできないのか」。

都市に限らず、独特の音楽シーンが存在する地もある。最もイメージしやすい場所は「沖縄」だろう。本島各地、さらには離島も含め、沖縄県全体が音楽の現場となっている。鹿児島県の「奄美」も、唯一無二の音楽性を持つ島々だ。日本を代表する都市型ビーチリゾートの「湘南」には、多くの音楽家が居を構え、海岸の風景にインスパイアされた楽曲を世に放ち続けている。「青森」も、そんな地の一つだと思う。「津軽」と「南部」という地域性だけでなく、津軽三味線に代表される「伝統音楽」と、三沢基地のAFN(かつてのFEN)を通して触れる「アメリカ音楽」という、「二項の対比と融合」は、数々のユニークなアーティストや音楽を生んだ。日本のラップの先駆的作品の一つ「俺ら東京さ行ぐだ」(1984)を作詞・作曲・歌唱した吉幾三さんの、「俺はぜったい!プレスリー」(1977)から「雪國」(1986)に至る、音楽的な幅広さと奥深さは、その象徴だ。

昨今、「シティポップ」が、海外のリスナーによって再評価されている。日本には音楽という「内なる資源」が豊富にある。その魅力を知らないのは、我々日本人なのかもしれない。Text:原田悦志

原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明治大学講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。