『IGOR』タイラー・ザ・クリエイター(Album Review) 〈Billboard JAPAN〉|AERA dot. (アエラドット)

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『IGOR』タイラー・ザ・クリエイター(Album Review)

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『IGOR』タイラー・ザ・クリエイター(Album Review)

『IGOR』タイラー・ザ・クリエイター(Album Review)


 2019年5月17日にリリースされたタイラー・ザ・クリエイターの新作『IGOR』 が、日本でも大きく取り上げられている。というのも、本作に収録された「Gone, Gone / Thank You」に、山下達郎の「Fragile」(1998年)という曲がサンプリングされているからだ。未許可のものだろうが、YouTubeにアップされた音源には多くの英語によるコメントが投稿されている。

 この曲は、「Gone, Gone」~「Thank You」の前編・後編に分かれていて、「Fragile」が使われているのは後編の「Thank You」。また、原曲をそのまま引用するのではなく、タイラーのボーカルで焼き直されている。達郎氏の美声が響き渡る原曲とは大分印象が変わるが、レアグルーヴっぽい作りがある意味斬新。この加工されまくった仕上がりを、当のご本人がどう評価するのかは、何ともいえないところだが……(辛口だしね)。

 本作には、その他にもサンプリング・ソースを起用したナンバーが目白押し。その前編である「Gone, Gone」には、元スミス・ウエスタンズのフロントマン=カレン・オオモリの「Hey Girl」(2016年)が使われている。もはや、ヒップホップ・アルバムとしての機能を果たしていない……という言い方はおかしいが、ガレージ・ロックの書き写しみたいな曲で、賛否はありそうだがハイセンス。

 冒頭の「Igor's Theme」は、引退宣言が波紋を広げるリル・ウージー・ヴァートがボーカルを担当した、オープニングに相応しい鮮やかなエレクトロ・ファンク。そこから、プレイボーイ・カルティがラップ/ボーカルを務める「Earfquake」へ繋げる。「Earfquake」は、発売同日にミュージック・ビデオが公開されていて、ダイアナ・ロスの娘で女優のトレイシー・エリス・ロスも“司会者役”として出演している。パステル・ブルーのスーツにブロンドのウィッグという70年代風の出で立ちで登場し、投げつけたタバコの火でスタジオ、そして自らも燃やしてしまうという、カオスな展開・発言のオンパレード。最後は、消防士に扮したタイラーが登場し、スタジオを消火するのだが、カメラが倒れた状態で突如ビデオが途切れるというラスト・シーンは、何か深い意味が隠されている……ような気がする。

 ソランジュをボーカル・ゲストに迎えた「I Think」には、ヌコノ・テルスというアーティストの「Get Down」(1982年)という曲が使われていて、生音を随所にとりいれた、真の意味での黒いグルーヴ感が感じられる、アフリカン・テイストな一曲に仕上がっている。ここ最近のソランジュは、自然体の透明感あるボーカルが定評で、新作『When I Got Home』も好評だった。次曲、「Exactly What You Run from You End Up Chasing」も、地味ながら細やかな音作りが伺えるコンセプティブな傑作。この曲には、コメディアンのジェロッド・カーマイケルがフィーチャーされている。

 「Running out of Time」には、Run-DMCのクラシック・ナンバー「Hit It Run」(1986年) の一部が起用された。原曲の大胆で起伏に富んだ感じとはひと味違うが、黒人音楽特有のアクの強さはこちらに軍配が上がる。米オハイオのコーラスグループ=ポンデロッサ・ツインズ・プラス・ワンによる「Bound」(1971年)をネタ使いした「A Boy Is a Gun」では、ジェイデン・スミスと“仄めかす”ような発言もあった(?)、バイセクシャルについて歌われている。フランク・オーシャンの作品では「同性愛嫌悪」が問題視されていたが、この曲を聴く限り、彼が「アンチ同性愛者」でないことは間違いなさそう。

 パート・タイムという米サンフランシスコの音楽プロジェクトによる「It's Alright With Me」(2018年)をサンプリングした「Puppet」には、カニエ・ウェストがクレジットされている。カニエっぽいテイストを随所に伺わせる本作だが、断片的なラップ・コーラスに、熱っぽい音が自在に飛び交う同曲は、特にその色が濃くあらわれている。 エレキ・ギターを唸らせる、浮遊感とドラミングが織り交ざったフューチャー・ファンク「I Don't Love You Anymore」~メンフィス・ソウルの代表格=アル・グリーンの「Dream」(1977年)使いのメロウ・チューン「Are We Still Friends?」の締めくくりも最高。

 使われたネタは世代もジャンルも様々で、節操がないそのヘンのラッパーのアルバムとはひと味違う、ジャンルの訣別を迫った傑作『IGOR』 。ビンテージ・ピンクにモノクロの顔写という原盤も、ルイス・ロシニョールが手掛けたアナログ盤のカバー・アートも、どちらも洒落がキイている。独特のサウンド・プロダクション、マイナーなサンプリング・ソース含め、タイラーの類稀なセンスには感服する。


Text: 本家 一成


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