「ポップ」の時代に響く、温故知新で鮮やかなポップ・ミュージック……ウーター・ヘメル新作『ボーイズタウン』を岡村詩野が解説 〈Billboard JAPAN〉|AERA dot. (アエラドット)

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「ポップ」の時代に響く、温故知新で鮮やかなポップ・ミュージック……ウーター・ヘメル新作『ボーイズタウン』を岡村詩野が解説

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「ポップ」の時代に響く、温故知新で鮮やかなポップ・ミュージック……ウーター・ヘメル新作『ボーイズタウン』を岡村詩野が解説

「ポップ」の時代に響く、温故知新で鮮やかなポップ・ミュージック……ウーター・ヘメル新作『ボーイズタウン』を岡村詩野が解説


 現代は明らかに「ポップ」の時代である。ファレル・ウィリアムスからチャイルディッシュ・ガンビーノ、チャンス・ザ・ラッパーらヒップホップやR&Bのスターたちはもとより、アリアナ・グランデやビリー・アイリッシュといった若き女性アーティストたちを見るまでもなく、スタイルとしてのポップスでも、ポップ・ミュージックでもなく、時代の空気を受けて社会の鏡のような役割を上書きをしていく「ポップ」な存在が潮流の真ん中にいることは一目瞭然だ。

 では、1950年代……いや1930年代、40年代の黎明期も含めると、もう半世紀以上前から歴史を築いてきた大衆音楽のフォルムを、むしろそのまま素直に継承しているような、言わば紛れもないポップ・ミュージックの系譜は今どうなっているのか、と問われると、これが少々肩身の狭い状況にあると言わざるを得ない。いい歌、いいメロディという概念も徐々に変化している現状、それでもどうにか伝統を受け継いでいこうと虎視眈々と目論む強者たちは、しかしながら、ハッキリと自覚しているはずだ。今が確実に逆風の時代であることを、でも、その役割を担うことを誰かがしていかないといけない、というミッションの重要性を。

 ウーター・ヘメルのニュー・アルバム『ボーイズタウン』を聴いて思ったのは、そうしたポップ・ミュージック逆風の時代の孤独なヒーローの姿だ。ニルソン、ハーパース・ビザール、ランディ・ニューマン、ヴァン・ダイク・パークス……といった名前が次々と浮かんでくる。まるでページをめくるたびに、くすんだタッチの写真や絵がぱあっと広がる古い飛び出す絵本を眺めているように。そう、これはまさに箱庭的ポップ・ミュージック、オーケストラル・ポップの現代最高峰。バート・バカラックが、フィル・スペクターが、ブライアン・ウィルソンが苦心に苦心を重ねて作りあげたポップスの魔法を現在に受け継ぐとんでもないアルバムが届いてしまった、と。「ポップ」の時代の孤独なヒーローは、けれど、肩身の狭さを伝えるどころか、おどろくほど自由にのびやかに歴史を継承する醍醐味を謳歌しているではないか!

 ウーター・ヘメルのキャリアはもう約15年ほど。この新作も通算6枚目のアルバムで、前作『Amaury』から2年ぶりと順調に作品を重ねてきている。けれど、ここまで丁寧に室内楽的なアレンジを重ね、情景を音で描くかのような音作りは、もしかしたら初めてかもしれない。そのくらい、『ボーイズタウン』はヘメルにとっても新たな領域へと踏み込んだ1枚だ。

 1977年、オランダはハーグ出身のウーター・ヘメルは、“ダッチ・ジャズムーヴメントの雄”といった異名を持っていることで知られているし、実際に2005年、地元のジャズ・ヴォーカルのコンペティションで優勝したことをきっかけにデビューを果たしている。同郷のベニー・シングスのプロデュースによって、粋なポップ・フォルムを纏った新たな時代のジャズ・ヴォーカルを定着させた立役者と言ってもいいだろう。かたや、彼は2011年の『Lohengrin』を、一時期はポップスから撤退していたものの、アメリカではビリー・ホリデイやルイ・アームストロングなどの作品も出していた名門レーベル=デッカからリリースするなど、折に触れて大衆音楽の歴史的系譜の中に現在の自分がいることを伝えてきた。

 だが、新作はもはや広義のジャズという文脈からも大きく外れ、アメリカのグッドタイム・ミュージックやラグタイムなどを下地に、よりドリーミーでカラフルな音作りにトライした内容に大きく舵を切っている。曲によっては60年代のソフト・ロックやA&Mサウンドさえ視野に入れたような甘やかなポップ・ロマンティストぶりを発揮。管楽器、弦楽器などをふんだんに取り入れることで様々な音でレイヤーを作り、ポップ・ミュージックの桃源郷とも言えるような仕上がりに辿り着いたその成果には思わず舌を巻く。こんなに緻密な音作りに入り込める人だったのか!と。

 もちろん、フランク・シナトラやトニー・ベネットもかくや…の朗々たるヴォーカルは健在。だが、ポップスのめくるめくラビリンスに迷い込んでしまった今のヘメルは、その歌唱力さえこれまでにないミラクルな色彩を放っている。そして、ここから見えてくるのは、今の「ポップ」の時代に背を向けるのではなく、反抗するのでもなく、バカラック、フィル・スペクター、ブライアン・ウィルソン、ニルソン、ハーパース・ビザール、ランディ・ニューマン、ヴァン・ダイク・パークスといった先人たちの功績を、ただただひたむきに讃えようとする姿だ。

 そんなウーター・ヘメルがこの新作をひっさげて久々にビルボードライブ東京に登場する。日本にくるのはもちろんこれが初めてではないし、おそらくこれまでの代表曲も多く取り上げてくれることだろうが、再現可能なのか?とさえ思える『ボーイズタウン』の曲をどう披露するのかを楽しみにしていたい。

Text:岡村詩野


◎公演情報
【ウーター・ヘメル】
ビルボードライブ東京
2019年5月30日(木)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30

◎リリース情報
アルバム『ボーイズタウン』
2019/04/26 RELEASE
VICP-65523 2,500円(tax out.)


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