『ヴェンチュラ』アンダーソン・パーク(Album Review)
『ヴェンチュラ』アンダーソン・パーク(Album Review)

 米カリフォルニア州オックスナード生まれ。現在33歳のアンダーソンパークは、 波乱に満ちた過程を経て、現在の地位を築いている。

 幼少期、母親への暴力で逮捕された父親が、刑務所の中で死去。自身も10代の頃に結婚するが、数年後にスピード離婚する。その後、米LAの音楽学校で講師をしている時に、現妻と出会い再婚し、子供にも恵まれた。家族を養うためマリファナ農園(これもスゴイ)で働くが、警告なしに解雇され“職ナシ”状態に……。そのタイミングで、サーラー・クリエイティブ・パートナーズのシャフィーク・フセインと出会い、ミュージシャンとして本格始動したというから、ある意味、“選ばれた人”というべきなのかもしれない。

 本作『ヴェンチュラ』は、2018年11月にリリースされた3rdアルバム『オックスナード』から、わずか5か月という短いスパンでリリースされた、自身4枚目のスタジオ・アルバム。収録された楽曲は、前作と同時期に制作されたそうで、「ライブで演奏する曲が多くなってしまうから」という理由で、2つのアルバムに分けたと話している。また、オックスナードもヴェンチュラも、自身の出身地である米カリフォルニア州の都市であり、その2つの街からそれぞれインスパイアされたことも、2枚のテーマに分けた理由とされる。

 アルバムは、アウトキャストのアンドレ3000をラップ・ゲストに迎えた「Come Home」で幕を開ける。レコードに針を落とす音が聞こえてきそうなほど、ビンテージ感あるクラシック・ソウルで、バックコーラスに起用されたソウルシンガー=BJ・ザ・シカゴ・キッドもいい仕事をしている。この曲には、自身もメンバーの一員であるノーウォーリーズの「Best One」(2016年)が、一部使用されている。

 2曲目の「Make It Better」も、ミッドテンポのレトロなソウル・ミュージック。ディアンジェロ等も敬愛する、モータウンのトップを務めたスモーキー・ロビンソンがボーカル・ゲストとソングライターにクレジットされていて、プロデュースはモブ・ディープやナズなどを手掛けるベテラン=アルケミストが担当している。スモーキーが参加しているからか、一瞬リイシュー盤を聴いているような錯覚に陥った。

 ソウル界のレジェンド=故ダニー・ハサウェイの実娘であるレイラ・ハサウェイがフィーチャーされた「Reachin’ 2 Much」は、前半がユルめのファンク、後半はスピードを速めたハウスという、2部構成の長編トラックで、プロデュースはリアーナやクリス・ブラウンの作品で知られるデム・ジョインツが務めた。90年代R&Bシーンを彩った、ブランディ参加の「Jet Black」も、ハウスの要素を取り込んだネオ・ソウル系のタイトル。所々で聴かせるブランディ独特の高音が、アラフォー世代にはグっとくるポイントでもある。

 前月にリリースされた先行トラック「King James」は、ラップを絡めたジャズ・ファンクで、マックスウェルの初期にもニュアンスが近い感じがする。前曲「Yada Yada」も、音に身を委ねたくなるような、浮遊感漂うジャジーなナンバー。アンダーソン・パークの魅力は、R&B~ヒップホップのみならず、ジャズやファンク、ハウスにゴスペルと多様なジャンルを内包するエッセンスだ。生楽器の質感もしっかりと活かしつつ、他の誰も真似できないボーカルワークで、リスナーを魅了する。天才とか器用さとかスター性とか、そういうのではなく。生まれもった“本質”で曲をつくっている感じだ。

 サンプリング・ソースも、独特で個性的なセンスが光っており、日本にもバック・コーラスとして何度か来日している、デュランド・バーナーをバックに従えた「Winners Circle」には、1993年に公開された映画『ブロンクス物語』のサウンドトラックが起用され、80'sライト・ファンク感覚の「Chosen One」には、細野晴臣の「Honey Moon」をカバーしたことで日本でも知名度のある、カナダ出身のシンガーソングライター=マック・デマルコの「On The Level」がサンプリングされている。後者には、米ニュージャージー州の女性シンガー=ソニエ・エリーズがゲストとして参加した。

 米フィラデルフィアの女性ソウル・シンガー、ジャズミン・サリヴァンとデュエットした「Good Heels」は、1分半と単発ながらも、両者のナイーヴなボーカルが融合した、完成された芸術品。あと2分くらいはそのサウンドに浸っていたいほど、魅力にあふれている。フィーチャリング扱いにはなっていないが、「Twilight」にはファレル・ウィリアムスが曲のプロデュースとバックコーラスを務めていて、ホーンの音が強調された、ファレルらしいファンク・チューンに仕上がった。ラストを飾る「What Can We Do? 」から聴こえる、西海岸のレジェンド=故ネイト・ドッグの声は、遠くからリフレインしているようで何だか切ない……。

 2011年にブリージー・ラヴジョイという名前で音楽活動をスタートし、3年後の2014年に本名のアンダーソン・パークに改名、同年10月にアルバム『ヴェニス』でデビュー。翌2015年、ドクター・ドレーが15年ぶりにリリースした復帰作『コンプトン』で6曲にフィーチャーされ、その名をシーンに轟かせた。その余波もあり、2016年の2ndアルバム『マリブ』は、米ビルボードR&B/ヒップホップ・チャートで自身最高9位をマークするスマッシュ・ヒットを記録。2017年の【第59回グラミー賞】では、<最優秀新人賞>、<最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム>の2部門にノミネートされ、10年間でホームレスからトップ・アーティストへと駆け上がった。

Text:本家一成