宇多田ヒカルが開く20年代の音楽の扉【世界音楽放浪記vol.33】
宇多田ヒカルが開く20年代の音楽の扉【世界音楽放浪記vol.33】

宇多田ヒカルの「Face My Tears」が米Billboard HOT 100にチャートインするなど、世界的にヒットしている。ゲームソフト『キングダムハーツIII』の主題歌として、アメリカの人気DJであり音楽プロデューサーのSkrillexらと共作したこの曲は、20年代の日本音楽の可能性を予見させてくれる。

『Fantome』(2016)以降の作品で私が注目している点は、「歌詞言語としての日本語」の、新たな可能性だ。デビューシングル「Automatic/time will tell」で幕を開ける『First Love』(1999)は、音楽シーンに大きな衝撃を与えた。このアルバムは、これまでに850万枚以上(日本レコード協会調べ)という、恐らくもう抜かれることはない、国内セールス記録の金字塔を打ち立てたことは周知の通りだ。

2000年に『ETV2000』(NHK教育テレビ)という番組を制作した際、細野晴臣さんは、最も注目しているアーティストとして彼女の名前を挙げ、これまでになかった存在だと語った。だが、世界への扉を開くには、まだ機は熟していなかった。J-MELO視聴者からは、世界中の日本ファンから数多くのリクエストが寄せられていたが、『Exodus』(2004)など、全編英語詞曲へのものはほとんど届かなった。私は、英語歌唱への挑戦は誤りではなかったと強く考える。ポップ・ミュージックが広く人々に愛される一つの方法は「口ずさまれること」だ。アメリカの人々に愛してもらうなら、訛りのない英語で歌う必要がある。しかしながら、この時点では、日本の音楽に関心があるメインの層は、アニメをきっかけに日本のポップ・カルチャーに接したオタクのレイヤーのみであり、メインストリームの注目は集められなかったのだ。

2010年代中盤以降、SNS等の発達とも相まって、音楽への接触の方法が大きく変わった。2016年には、YouTubeがきっかけとなり注目されたBABYMETALの「Metal Resistance」(全米37位)、Twitterで耳目を集めたピコ太郎の「PPAP-Pen Pineapple Apple Pen-」(全米77位)と、ビルボードの総合チャートにランクインするアーティストが生まれてきた。宇多田ヒカルが人間活動から本格的に戻ってきたタイミングと同じ時期、そう、機は熟したのだ。

2017年にロンドン大学のSOAS(東洋アフリカ研究学院)に招かれセミナーを行った際、私は世界に進出している日本の女性アーティストの特徴を語った。「中高域のヴォーカル、日本語の歌詞、アイドル的要素」などだ。BABYMETALをはじめ、Perfume、きゃりーぱみゅぱみゅ、SCANDAL、初音ミクら、世界でソロライブやツアーを行っているアーティストの共通点だ。しかし、アイドルの定義は、日本と欧米などでは大きく異なる。日本では成長を共有する「developing」な存在なのに対し、英語のidolは卓越した才能の「developed」なアーティストへの称号だ。エイミー・ワインハウスは、彼女の生涯を追った映画『AMY』(2015)の中で、トニー・ベネットのことを「私のidol」と呼んだ。それが元来の意味である。

宇多田ヒカルは、日本語と英語の両方の歌唱で、世界への扉を大きく開けようとしている。歌詞言語と音楽の関係は、さらに研究や解析を重ねる必要がある。私の仮説だが、1つのシラブルに必ず母音を有する日本語を「サウンドの一部」として捉えた場合、彼女のエレガントで情感溢れるヴォーカルは、海外でヒットするための大切な要素であると思われる。ワールドスタンダードのidolが、言葉の壁を越え、人々の「心に刺さる音楽」が生み出す瞬間を、私たちは目撃している。彼女のことをidolだと考える世界中の若い才能と共に、20年代の音楽シーンを切り拓く姿が、目に浮かぶようだ。Text:原田悦志

※『Fantome』の「o」の正式表記はサーカムフレックス付き

原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明大・武蔵大講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。