スティーヴン・ビショップが紡ぐ晩秋へのプレリュード 短編小説のようにほろ苦く、ロマンティックな歌の世界に身も心も委ねる感傷的な夜 〈Billboard JAPAN〉|AERA dot. (アエラドット)

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スティーヴン・ビショップが紡ぐ晩秋へのプレリュード 短編小説のようにほろ苦く、ロマンティックな歌の世界に身も心も委ねる感傷的な夜

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スティーヴン・ビショップが紡ぐ晩秋へのプレリュード 短編小説のようにほろ苦く、ロマンティックな歌の世界に身も心も委ねる感傷的な夜

スティーヴン・ビショップが紡ぐ晩秋へのプレリュード 短編小説のようにほろ苦く、ロマンティックな歌の世界に身も心も委ねる感傷的な夜


 日毎、秋の色を深めていく六本木の摩天楼に、僕たちに語りかけてくるような声が染み渡っていく――。

 心の澱みを静かに拭ってくれるような優しいメロディ。ほろ苦く、ロマンティックな世界観は、まるで小粋な短編小説を読んでいるよう。つま弾かれるギターの響きも、どことなく感傷的な憂いに満ちている。台風一過の青空が広がったとはいえ、夏の喧騒が遠い記憶になりつつある今宵、ほんのり残った火照りをゆっくりクールダウンさせてくれるスティーヴン・ビショップの歌声が、会場にしっとりと広がっていった。

 現在66歳のスティーヴン・ビショップは、カリフォルニア州サンディエゴ出身のシンガー・ソングライター。“Mr.ロマンティック”というニックネームからも察せられるように、聴き手の胸にじんわりと染み込んでくる歌を数多く紡いできた。1976年に名作『Careless』でデビューし、そこから「Save It For Rainy Day」や「On And On」をヒットさせ、一躍メジャーな存在に。アート・ガーファンクルやチャカ・カーン、ラリー・カールトンやエリック・クラプトンなど、豪華なアーティストが挙って参加したこのアルバムは、スティーヴンの味わい深い歌はもちろん、サウンド・アレンジなど楽器の鳴らし方にも彼のセンスが滲んでいて、才能の豊かさを感じさせる名盤。リリースから40年以上を経た今も瑞々しく響く、まさに稀有な作品と言っていいだろう。

 その後も『Bish』(78年)や『Red Cab To Manhattan』(80年)などの佳作をコンスタントにドロップする一方、映画絡みの仕事も多かった彼は85年に制作された『White Nights』(ホワイトナイツ/白夜)に主題歌「Separate Lives」を提供し、フィル・コリンズとマリリン・マーティンのデュエットで全米1位に。目下のところ最新作の『Blueprint』(2016年)もフレンドリーな仕上がり。現在は音楽トレンドのミドルロードとは距離を置いているスティーヴンだが、多くのリスナーが彼の楽曲を「ずっと胸の内にしまっておきたい歌」として大切にしている。

 そんな彼の昨年3月以来となるステージ。キーボード奏者のジム・ウィルソンがリリカルな小品を3曲演奏したあと、ギターを抱えながら登場したスティーヴンは肩肘を張ることなく自然体で中央の椅子に腰かけ、ギターを奏で始める。酸いも甘いも噛み分けた“大人の佇まい”。観客は一心に視線を彼に凝らし、釘付けになっている。無音の瞬間を経て響き始める追憶感覚が滲む音粒。想いを込めた言葉を1つひとつの音に丁寧に乗せていく。日々の疲れを癒してくれるような透明な声は掛け値なしに心地好い。ブロードウェイ・ミュージカルやハリウッド映画を想起させるようなAORサウンドに揺らされ、身体がふっと軽くなっていくような錯覚を抱く。

 1曲歌い終えるとニコッと笑みを浮かべて「今回で10度目、日本のみんなも日本の食べ物も大好きなんだ」とコミカルに話し始める。そんな仕草につられるように増していく親近感。そして親密なナンバー。

 もちろん、歌われるのは会場に足を運んだ誰もが聴きたい“あの曲”たち。リリースされたときも今も変わらないエヴァーグリーンな旋律に、渇いていた心が震える。気が付けば見つめるすべての人が無防備になり、素の心をはだけ出して酔い痴れているよう。“時”が刻んだ皺を美しく浮かび上がらせるほのかな光、そして影。空気が深くなっていく。それにしても――。

 たった2人で紡いでいる音なのに、その饒舌さといったら……。小さな隙間に豊かな情感が宿り、1つの言葉、1つの音に滋味が溢れていく。

 中盤からは、フィルとマリリンの熱唱でチャートを駆け上がったナンバーを、まったく異なる雰囲気で聴かせてくれたり、R&B色が強い最新作からの曲を演奏したり。さらには「ベイビー、君は僕の人生そのものなんだよ……」と映画『Tootsie』(82年)のサントラに収録された名曲を切々と歌い上げたり。

 時間の経過と共に会場に染み渡っていくメランコリックな情感。2人の指が紡ぎ出す音は次第に艶を増し、声にも潤いが増していく。ボストン・タイプの眼鏡の奥で潤んでいる瞳が笑みを見せたり、哀しみを漂わせたり。ライブが進んでいくにしたがい、スティーヴンの表情にも温もりが満ちていく。呟く歌詞に呼応するように見せる表情の変化が、楽曲の世界観を膨らませていく。都会のヒューマニズムを感じさせるユーモアとウィット。そしてビタースウィートな余韻。これこそが彼ならではの世界観と言って差し支えないだろう。

 ジェイムズ・テイラーのように“個”としての感情を深めた表現をしているわけではなく、ジャクソン・ブラウンのように揺れる感情を生々しく歌っているわけでもない。しかし、彼の歌には、誰もが夢心地になるような小さな“ロマンス”があり、普通の人々の日常に重なるほのかな“苦み”がある。それらを温もり溢れる物語りに仕立て上げていくスティーヴン。今宵、僕は80分にわたり、彼の歌を深く味わった。

 秋の訪れと共にやって来たスティーヴン・ビショップのライブは2日の今日も東京で、5日には大阪で、それぞれ2ステージずつ予定されている。深まっていく季節に似合う彼の歌声は、僕たちの身体をほぐし、心の内側をゆっくり見つめさせてくれる。喉元を滑り落ちていくグラン・クリュのワインのようなフィネスが堪能できる麗しい歌に、ぜひとも浸ってみて。

Photo: Liz Kamlet


◎公演情報
【スティーヴン・ビショップ】
ビルボードライブ東京
2018年10月1日(月)- 2日(火)
1st 開場17:30 開演19:00
2nd 開場20:45 開演21:30

ビルボードライブ大阪
2018年10月5日(金)
1st 開場17:30 開演18:30
2nd 開場20:30 開演21:30

詳細:www.billboard-live.com

Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。着実に季節が進み、秋の色が濃くなってきた数日。果実味のふくよかさと程よい渋味が心地好い濃厚なワインを飲みたくなる時期ですが、こんなときこそセレクトで意識したいのが「飲み疲れない味わい」。ボリューム感のある食事とフルボディの組み合わせはベターに違いないけど、ときにはトゥー・マッチなことも。そこで試してみたいのがオフ・ヴィンテージ。豊作な年に比べ凝縮感は落ちるものの、その“適度”な濃さが食事といいバランスになることも。お値段も手ごろなはずなので、試してみる価値アリなのでは?


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