思わず酔い痴れてしまうカーラ・ボノフのエレガントなステージ。オーガニックな美しさを湛えた素朴な演奏に身も心も癒される夏の終わりの夜
思わず酔い痴れてしまうカーラ・ボノフのエレガントなステージ。オーガニックな美しさを湛えた素朴な演奏に身も心も癒される夏の終わりの夜

 まるで洗いざらしのコットンのような肌ざわり。1977年のデビュー以来、アメリカ西海岸のハート・ウォーミングな空気を体現してきたカーラ・ボノフが、最新アルバム『Carry Me Home』を引っ提げてステージに還ってきた。
その他、カーラ・ボノフのライブショット

 「2年ぶりに帰ってこられて嬉しいわ」――。
 軽快なストロークでギターを鳴らしながら、誰もが口ずさみたくなる“あの曲”を初っ端から歌い始める。まさに名刺代わりの1曲。そして演奏が一段落し、微笑みながら挨拶をするカーラ。彼女が戻ってきてくれたことを実感する言葉に、僕たちの気持ちが沸き立つ。以前と変わらぬ艶やかで瑞々しい声。気が付けば、意識はすっかり70年代にワープしていた。

 10代のころからLAのライヴ・ハウス『トゥルバドール』に出演し、一時期はフォーク・ロック・グループ=ブリンドルのメンバーとしても活動していたカーラ・ボノフ。彼女の名前が広く知られるようになったのは、同グループのリーダーだったケニー・エドワーズの紹介で関わったリンダ・ロンシュタットの『風にさらわれた恋』(1976年)への楽曲提供によって。翌77年にはリンダに提供した3曲のうち「Someone To Lay Down Beside Me」と「If He’s Ever Near」をセルフ・カヴァーしたデビュー作をリリース。J.D.サウザーやグレン・フライなどイーグルス周辺の人脈が参加したアルバムは高い評価を得、一躍シーンに躍り出たカーラはシンガー・ソングライターとしての地位を確立した。

 そのデビュー作でも聴ける翳りを帯びたメロディが、今宵、カーラが弾くピアノからこぼれ落ちてくる。繊細な陰影を湛えた旋律とオーガニックな歌声が、会場にしっとりとした空気を広げていく。デビュー当時からの美貌にふくよかな人生が加わった表情は、今も息を呑むほど美しい。そのナチュラルでエレガントな佇まい。彼女の音楽性と呼応するような姿がステージの上で輝く瞬間。歌心溢れるギタリストのニナ・ガーバーと2人のギグは、何の演出も必要とせず、ウエスト・コースト・サウンド最上の響きをストレイトに届けてくれる。

 2012年と14年にはJ.D.サウザー、13年にはジミー・ウェッブとそれぞれデュオ名義で来日しているカーラだが、今回はソロ名義でのパフォーマンス。近年のライブとはニュアンスの異なる親密なステージ展開は僕たちとの距離を縮め、当然のことながら歌の届き具合も違う。彼女が見せる小さな仕種がライブにデリケートな表情を加え、少し湿度を帯びた息づかいまでもが聴こえてくるような空気…。

 決して器用なタイプではない。しかし、だからこそ感じられるコットンのような風合いは、素朴であるが故に心地好い。音楽と誠実に向き合い、言葉を噛みしめるように唄うカーラ。彼女が紡ぎ出す歌が僕たちの心に染み込んでくる。また、その横でアメリカーナな旋律を奏でるニナのギター。中盤にはブリンドルの曲も披露し、2人のコンビネイションによる響きが会場に美しく広がっていく。

 シンプルな想いを届ける曲だから、ミラーボールの輝きや華やかなライティングもいらない。ただ、彼女が弦や鍵盤に触れながら、込み上げる想いをメロディに乗せてくれるだけでいい。繊細なタッチによって奏でられるリリカルな音は、聴き手の心に溜まった澱みをきれいに洗い流してくれる。

 新しいアルバムからの曲も昔のナンバーも響きに差がない。まさにタイムレスな音楽を紡ぎ続けてきたカーラの楽曲には普遍性が宿っている。だからこそ、過去も現在も、そして未来も前向きに受け止めることができるのだろう。彼女の歌に身を委ねていると、セピア色の想い出と共に、眩い未来への躍動が身体の中に湧き上がってくるのを感じるのだ。

 21世紀になってから日本を慈しむように訪れるようになったカーラ・ボノフ。彼女の歌声は30日の今日も東京で、そして9月1日には大阪で聴くことができる。時の流れに素直でありながら、実り豊かな音楽を奏で続けている彼女の、人生観を感じさせるような歌と旋律に心を委ねる貴重な機会を、夏の終わりにぜひ。季節の移ろいを感じながら。

◎公演情報
【カーラ・ボノフ】
ビルボードライブ東京
2018年8月29日(水)※終了
2018年8月30日(木)
1st Stage Open 17:30 Start 19:00
2nd Stage Open 20:45 Start 21:30
詳細:https://goo.gl/FXzJd5

ビルボードライブ大阪
2018年9月1日(土)
1st Stage Open 15:30 Start 16:30
2nd Stage Open 18:30 Start 19:30
詳細:https://goo.gl/H8AByt

Photo:Ayaka Matsui

Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。厳しい残暑の中にも季節の移ろいを感じる今宵。夏の喧騒に少し疲れた心身に優しい“癒しワイン”が欲しくなるこんな時期に楽しみたいのが、穏やかな味わいと繊細なアロマを持つ日本ワイン。甲州やマスカット・ベーリーAはもちろん、デラウェアやアジロンなど、日本だからこそのデリケートな口当たりを楽しみたい。少しずつ、しかし着実に秋に向かっているから、これからはキノコや根菜をメインにした料理と合わせるのも一興。11月3日の新酒解禁までの約2か月、日本のテロワールに想いを馳せながらコルクを捻るのもワイン・ラヴァーの醍醐味。