ハナレグミが歌に見た光へと一歩ずつ近づいていくその軌跡/ハナレグミ『SHINJITERU』(Album Review)
ハナレグミが歌に見た光へと一歩ずつ近づいていくその軌跡/ハナレグミ『SHINJITERU』(Album Review)

 外部のソングライターから楽曲提供を受けた前作『What are you looking for』から2年。永積崇のソロ・プロジェクト、ハナレグミは、今年10月にリリースした新作アルバム『SHINJITERU』において、シンガーとしての表現、その可能性に対する何か確信めいた手応えを確かなものにしている。
 今回の作品は、前作に収まりきらなかった楽曲、元キリンジの堀込泰行が提供した「ブルーベリーガム」や作曲を東京スカパラダイスオーケストラの沖祐市、作詞をかせきさいだぁが手がけた「秘密のランデブー」を収録。それら端緒からも、ハナレグミが歌に見た光へと一歩ずつ近づいていく、その軌跡が見て取れるが、是枝裕和監督作品である映画『海よりもまだ深く』主題歌のシングルにして、感動的なアコースティックソウル・ナンバー「深呼吸」のジャケットで点描画による自画像を披露した彼が、アルバムにおいては、線画のペインティングを数多く発表している角田純にアート・ディレクションを依頼。彼の歌も点の感情表現からその点と点をつないだ、しなやかな線の表現へと変化しているように聞こえる。しかも、そのタッチは、流れるような軽やかさがあり、ミニマリスティックな、どこか控えめな響きが、情報過多な現代にあって、逆に存在感を増し、聴き手を自然と惹きつける表現へと変化しているところは、前作とのささやかにして、大きな違いといえる。
 そして、アルバムを構成する全12曲の大半は、今年3月から一緒にライヴハウスを回ったキーボードのYOSSY、ベースの伊賀航、ドラムの菅沼雄太からなるバンドが参加。彼らとツアーの合間に行ったセッションやライヴで発展させたものを軸に、Curly Giraffeがサウンドプロデュースを手がけたカントリーナンバー「My California」とアフロビートの「Primal Dancer」、自然音とギター、キーボードが溶け合った「YES YOU YES ME」の3曲の作詞をシンガーソングライターの阿部芙蓉美が担当。彼女のヴォーカル・ディレクションのもとで歌録りを行ったほか、作曲を坂本龍一を手がけた竹中直人の1997年作「君に星が降る」のエキゾチックなカヴァーやカセットテープで録音し、その場の空気や音の質感をも封入した弾き語り「消磁器」など、楽曲に対するフリーフォームなアプローチは、2002年のファーストアルバム『音タイム』を彷彿とさせる。
 そんな今回のアルバムは、「YES YOU YES ME」で彼の新たな旅立ちの予感やその先に広がる表現の可能性を宙に漂わせて幕を閉じる。『SHINJITERU』というアルバム・タイトルと併せて考えると、強い決意がそこにはあるように思われるかもしれないが、彼の歌の自然な佇まい、肩の力が程よく抜けたタッチにこそ彼の現在の心境が映し出されており、さりげなくも深く心に染み入る響きに表現者としての凄みが感じられる作品だ。

text:小野田雄