「俺のために祈ってくれる人はいないのか?」社会の葛藤と向き合い圧倒的な支持を得るケンドリック・ラマー『DAMN.』(Album Review)
「俺のために祈ってくれる人はいないのか?」社会の葛藤と向き合い圧倒的な支持を得るケンドリック・ラマー『DAMN.』(Album Review)

 前作『To Pimp A Butterfly』(2014年)の中でアメリカン・ブラック・ミュージック史の膨大な情報を参照しつつ、常に命の危険と隣り合わせの現実を生きる同胞を語ってみせたケンドリック・ラマーは、今年のコーチェラ・フェス出演と同時にリリースされた新作『DAMN.』で、そこから更に踏み込んでみせた。

 若者の教育が行き届いていないアメリカ黒人社会の構造、疑問を抱きながらも国家への忠実な働きを求められることの葛藤、さまざまな事情に引き裂かれながらも思いを寄せずにはいられない家族・血縁といったテーマに触れてゆくケンドリック。アルバムの中で何度も繰り返されるのは《俺のために祈ってくれる人は誰もいないのか?》というフレーズだ。社会の悪循環がそうであるように、ケンドリック自身の思考も負のスパイラルに捉われ続けている。

 さまざまな音楽遺産を取り入れた『To Pimp A Butterfly』と比べて、より現代的なヒップホップ/トラップ・ミュージックに接近したプロダクションは、今日を生きる同胞たちへのメッセージとして一層洗練され、またその裏側には切迫感も込められているように思う。《兵士のDNA》や《肩に埋められたチップ》といったふうに生活行動を規定する無言の圧力を感じながら、ミュージシャンとしてのケンドリックもいつしか富と成功に駆り立てられ、消耗してしまう(「LUST.」、「LOVE. feat Zacari」)。

 アメリカを賛美するゴスペル・コーラスから始まる「XXX.」では、オールドスクールなブレイクビーツへと移行する中、学校にも行けずにラッパーになることを夢見る少年のことが語られる。社会の枠組みの中で制限されてしまった若者たちの可能性と、それでもトランプ政権下で国家の利益のために駆り立てられる、そんな現実が示唆されているのだ。

 凄まじいのは、ここでアイルランドのベテラン・バンドであるU2が参加し、《この国はドラムとベースの音でなければならない》という、脳内に刷り込まれるような歌声がリフレインしていること。ケンドリックは、ここで運命の連鎖に自ら加担していることに気づいている。ミュージシャンとしての成功すら、アメリカという社会構造の一部に取り込まれているわけだ。ちなみにU2は30年前のヒット作『The Joshua Tree』の頃にアメリカのルーツ・ミュージックへと接近しつつ、米国外グループの立場から“アメリカの夢”を客観的に描き、成功を収めたという経緯がある。

 命の危険も、音楽も、現代アメリカ社会を構成する要素だ。最終トラックの「DUCKWORTH.」は、アンソニーとダッキーという2人の若者の、数奇な運命がドラマティックに語られている。ケンドリック曰く《俺は父親のいない生活を送り、いずれ銃撃戦に巻き込まれて死んでいたかも知れない》という、過去の一事件。“Top Dawg”ことアンソニー・ティフィスは、Top Dawg Entertainmentを立ち上げてケンドリックを発掘した人物だ。ならばダッキーは……? 奇妙な巡り合わせに翻弄されながら、アルバムは運命の連鎖と同じように円環を描き、オープニングの「BLOOD.」におけるヴァースの歌い出しへと何度でも巻き戻されるのである。(Text: 小池宏和)


◎リリース情報
アルバム『DAMN.』
2017/04/14 RELEASE