ボブ・ディラン、来日公演2日目レポート ケンドリックやテイラーも受け継ぐ“歌手”としての魅力を伝える、徹頭徹尾クールなステージ
ボブ・ディラン、来日公演2日目レポート ケンドリックやテイラーも受け継ぐ“歌手”としての魅力を伝える、徹頭徹尾クールなステージ

 2016年4月5日、ボブ・ディランが来日2日目となる東京公演を渋谷・Bunkamura オーチャードホールにて行った。

 前日の4月4日より開始したディランの今回の来日ツアー。ホール・ツアーとしては実に15年ぶりで、4月6日まで続く東京セクションの後は、仙台、大阪、名古屋と移動。そして再び東京で5日間演じた後、パシフィコ横浜 国立大ホール(先日、ディアンジェロがライブを行った会場)でツアーを終える。実に一か月近い期間、日本をツアーする、文字通り“旅”のような行程だ。

 開演前のオーチャードホールには、本当にレジェンドと呼べるアーティストしか作り出せない、独特の高揚感が充満していた。入り口付近のパンフレットやグッズにも長蛇の列。フロアに足を踏み入れると、ステージには整然と楽器が並び、それをヴィンテージ・ランプのような照明が照らす。オーチャードホールという会場の影響もあり、気品と貫禄の感じられる光景だ。

 定刻を少し過ぎ、観客の期待が十分に温まったタイミングでフロアは暗転。ザクザクとしたアコースティック・ギターの演奏を出囃子に、バンドとディランがステージに登場する。その入りからして、カッコ悪いところが一つもない。この日のステージは、演出、ステージセット、ライティングなど、舞台を見せる全ての要素に確かな美意識が通底しており、それがこのライブの特別さを一層クリアにしていた。

 1曲目は「シングス・ハヴ・チェンジド」。左からスチュ・キンボール(リズム・ギター)、ジョージ・リセリ(ドラム)、トニー・ガルニエ(ベース)、チャーリー・セクストン(リード・ギター)、そしてドニー・ヘロン(マンドリン、スチール、バンジョー)と奏者が並び、その真中でディランが歌う。事前に伝えられて通りディランの前には3本のマイク。いわゆるロックのリズムとは全く次元の異なる立体的なアンサンブルも見事だが、力強いディランの歌声に何より耳を奪われる。

 2曲目「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」からは、ステージ後方に幾重にも引かれた半透明のスクリーン・カーテンにライトや映像を当て、教会のようだったり、酒場のようだったりと、一曲毎にステージの雰囲気を変えながら演奏。一見シンプルだが、ちょっとした工夫や熟達で多彩なニュアンスを伝えるというこの原理は、ライブ全体に通底していた。

 その極地と言えるのがディランの歌唱だ。歌が上手なシンガーと言わる機会の少ない彼だが、声質や声量、そして優れたリズム感覚によって醸されるニュアンスの豊かさという点で、いまなお最も傑出したシンガーの1人であることは疑いようがない。その感覚は、例えばケンドリック・ラマーやテイラー・スウィフトのような現代の優れたポップス歌手にも受け継がれているものだろう。音響の整備されたホール会場で、そんなディランの歌をたっぷりと味わえるの今回のライブは、そういう点でも全音楽ファン必見のものだろう。

 今回のホール・ツアーは、2015年の最新アルバム『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』のリリース後、初の来日ツアー。シナトラも歌ったアメリカン・スタンダード・ナンバーを取り上げ、ホール環境でライブ録音で制作された同作だが、今回の演奏陣はまさにそのアルバムの参加メンバーでもある。セットリストでも、「ホワットル・アイ・ドゥ」や「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」など同作収録曲を多く演奏。そういう曲では、CDの音のまま、ライブで聴いているような非常に贅沢な気分にもなった。

 ディランは今回の来日記念にEP『メランコリー・ムード』をリリース。主に『シャドウズ~』と前作『テンペスト』(2012年)のナンバーを中心に演奏されている今回のツアーだが、その『メランコリー・ムード』からも表題曲をはじめ2曲が披露された。また、「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」等、ディラン自ら鍵盤演奏を披露する曲や、小刻みにステップを踏むようにディランがステージを行き来する曲が多くあったのも印象的だった。MCはほとんどなくとも、今のディランが好調でご機嫌なのは、その振る舞いから十分に伝わってくる。

 2部制となったこの日のライブ。休憩前、最後に演奏したのは、1975年の『血の轍/Blood on the Tracks』収録の「ブルーにこんがらがって」。ニューオーリンズやカントリー、ブルースの演奏を完璧に血肉化したバンドが聴かせるロック・ナンバーはこれまた格別で、観客から大きな歓声が上がった。ディランの「アリガトウ!すぐ戻るよ!」という唯一のMCでも会場を沸かせ、第1部を終えた。

 第2部も『シャドウズ~』と『テンペスト』のナンバー中心に、『ラヴ・アンド・セフト』(2001年)収録の「ハイ・ウォーター(フォー・チャーリー・パットン)」や『モダン・タイムス』(2007年)の「スピリット・オン・ザ・ウォーター」などを交え、さらに歌とヒートアップした演奏を聴かせる。『メランコリー・ムード』に収録されたシャンソン風の「オール・オア・ナッシング・アット・オール」も良いアクセントとなり、ラストは「ロング・アンド・ウェイステッ ド・イヤーズ」、そして「枯葉」という2曲で締めた。「バンッ」と切り落としたような幕切れもクールな美学を感じた。

 大きな歓声と拍手に求められ行われたアンコール、名曲「風に吹かれて」はフィドルの演奏を効かせて、現在のディラン・バンドらしいダイナミックな演奏で披露。そして最後は『タイム・アウト・オブ・マインド』収録の「ラヴ・シック」。パーカッションも導入し、この日、最もリズムの際立った、最もロック色の強い演奏での締めくくった。観客に媚びる様子が全くない、最初から最後までクールな美学に貫かれた「これぞディラン!」というステージに、観客からは惜しみない拍手が送られた。

 もちろん“懐メロ”も決して悪いことではない。あるメロディがリスナーの心に根付くことは、とても稀有で美しいことでもある。でも、それだけが音楽ではないよね? シンプルに歌と演奏を届けているだけのようで、そんな疑問も投げかけられているような気分になるステージだった。本日6日の公演を最後に、“旅”は東京を一旦離れ、9日仙台公演以降へと続く。現在のディランの歌と音楽に、ぜひ触れてみて欲しい。

◎公演情報
【ボブ・ディラン】
2016年4月4日 渋谷・Bunkamura オーチャード・ホール

<セットリスト
(第1部)
01. シングス・ハヴ・チェンジド
02. シー・ビロングズ・トゥ・ミー
03. ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング
04. ホワットル・アイ・ドゥ
05. デューケイン・ホイッスル
06. メランコリー・ムード
07. ペイ・イン・ブラッド
08. アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー/カム・レイン・オア・カム・シャイン
09. ブルーにこんがらがって
(第2部)
10. ハイ・ウォーター(フォー・チャーリー・パットン)
11. ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ
12. アーリー・ローマン・キングズ
13. ザ・ナイト・ウィ・コールド・イット・ア・デイ
14. スピリット・オン・ザ・ウォーター
15. スカーレット・タウン
16. オール・オア・ナッシング・アット・オール
17. ロング・アンド・ウェイステッ ド・イヤーズ
18. 枯葉
(アンコール)
19. 風に吹かれて
20. ラヴ・シック

◎今後のツアー情報
2016年04月06日(水) 東京・Bunkamura オーチャードホール
2016年04月09日(土) 仙台・エレクトロンホール宮城
2016年04月11日(月) 大阪・フェスティバルホール
2016年04月12日(火) 大阪・フェスティバルホール
2016年04月13日(水) 大阪・フェスティバルホール
2016年04月15日(金) 名古屋・センチュリーホール
2016年04月18日(月) 東京・Bunkamura オーチャードホール
2016年04月19日(火) 東京・Bunkamura オーチャードホール
2016年04月21日(木) 東京・Bunkamura オーチャードホール
2016年04月22日(金) 東京・Bunkamura オーチャードホール
2016年04月23日(土) 東京・TOKYO DOME CITY HALL
2016年04月25日(月) 東京・Bunkamura オーチャードホール
2016年04月26日(火) 東京・Bunkamura オーチャードホール
2016年04月28日(木) 横浜・パシフィコ横浜