Album Review: 『オラシオン』田中倫明 繊細で愁いのあるビートで、パーカッションのイメージを覆す
Album Review: 『オラシオン』田中倫明 繊細で愁いのあるビートで、パーカッションのイメージを覆す

 田中倫明というパーカッション奏者の名前に聞き覚えが無かったとしても、ある程度音楽を聴いているリスナーは彼のプレイをどこかで耳にしたことがあるに違いない。80年代から南佳孝や角松敏生といったニューミュージック系のレコーディングやツアーに参加しているし、松岡グループやオルケスタ・デ・ラ・ルスといったラテンやジャズの分野でも活躍。いわゆるセッション・ミュージシャンの草分けのひとりである。数年前に東京から千葉県の南房総に拠点を移し、農業を営みながら音楽活動を行うというユニークな存在でもある。

 そんな彼が作り上げたアルバム『オラシオン』は、彼のライフスタイル同様に個性的な作品だ。もちろんここでもパーカッションはプレイしているが、それ以上に作曲家、アレンジャー、プロデューサーとしての資質が浮き彫りにされている。全編室内楽的な質感のサウンドに統一されており、ヴァイオリン、アコースティック・ギター、バンドネオン、フルートといった楽器のアンサンブルでオーガニックな世界を作り出している。

 全体的にタンゴやサンバといったラテン系のリズムが多いのは確かだが、あくまでもメロディアスでメランコリックな空気感を保っているのが特徴だ。沖縄の神の島と呼ばれる久高島でインスパイアされたという「KU-DA-KA」など、楽器と楽器の組み合わせによってはどこかスピリチュアルな感覚も醸し出す。パーカッショ二ストのアルバムというと、お祭り的なアッパーなものを想像してしまうが、彼の作り出すサウンドはとにかく繊細。オリジナルに混じって映画『ラスト・タンゴ・イン・パリ』のテーマをセレクトしていることからもそのことからも想像が付くだろう。また、唯一自我を前面に出したパーカッション・ソロの「Interlude Mi-So-Gi」も、アルゼンチンの鬼才ドミンゴ・クーラを思わせる深遠なポリリズムになっており、本作の独自性が垣間見れる。

 パーカッションといえば、明るく楽しいラテン音楽。そんなイメージを覆しながら、愁いのあるビートを紡いでいく。田中倫明の類稀な世界に触れられることができたら、あなたもパーカッションの真の魅力に気付くはずだ。

Text: 栗本 斉

◎リリース情報
『オラシオン』
田中倫明
2015/11/01 RELEASE
2,500円(tax incl.)