音楽史的に重要な“ローレル・キャニオンの音”、グラミー博物館に展示 〈Billboard JAPAN〉|AERA dot. (アエラドット)

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音楽史的に重要な“ローレル・キャニオンの音”、グラミー博物館に展示

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 ロサンゼルスにあるグラミー・ミュージアムでは現在、【California Dreamin': The Sounds of Laurel Canyon 1965-1977(カリフォルニア・ドリーミン:ローレル・キャニオン・サウンド 1965-1977)】と題した展示が催されている。



 同展示会には、フランク・ザッパやグラム・パーソンズによる手書きの歌詞をはじめ、タートルズの短いパフォーマンス映像、イーグルスやザ・ドアーズの楽曲、丘の斜面でのんびりとダルシマーを弾くジョニ・ミッチェルをはじめとした多数のスナップ写真などが展示されている。



 ミュージアムの館長、ボブ・サンテリは、ポップミュージックの歴史において見過ごされてきながら最も重要な瞬間の一つだった時期を“カリフォルニア・ドリーミン”で記録に残そうとしているという。



 ボブ・ディランがグリニッジ・ヴィレッジで活動を始めた1960年代前半から今日に至るまで、ローレル・キャニオンには店がひとつしかなく、道路は車がすれ違うのも大変なほど狭い。従って何にも邪魔されずに新しい音楽を試したザ・バーズは、エレキ・ギターのコードをディランらの歌詞と融合させた「ミスター・タンブリン・マン」を生み出し、初めての真のフォークロック・アルバムを創り上げたのだ。



 傍らではジム・モリソンがザ・ドアーズを不滅にする優美な曲を書き、ザッパはネオクラシカルなアレンジを施していた。



 この他、リンダ・ロンシュタット、ニール・ヤング、クロスビー、スティルス&ナッシュ、ママス&パパスのキャス・エリオットなど後に成功を収めることになる貧しいミュージシャンがローレル・キャニオンに大勢集まったのは、安い家賃のためだったようだ。ザ・タートルズのマーク・ヴォルマンは、1965年にポコのリッチー・フューレイと家賃280ドルの家をシェアしていたと話している。



 館長のサンテリは、「ローレル・キャニオンは単なる場所ではなく、心のあり方でもあるのです」と語る。グラミー・ミュージアムの2階で行われている同展示会は11月末までの予定だ。


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