夕食を終えると間も無く、空がオレンジ色になりはじめた。もぞもぞと、ひとり、またひとりと横になり、1等室全体が寝る体制に入る。互い違いに、できる限りスペースを有効活用しようと誰もが考えながら横になるが、すべての乗客が横になるには、ある程度重なりあうしかない。「これじゃぁオイルサーディンだな」と誰かが冗談を言うと、乗客はどっと沸いた。その後も真っ暗な船室で冗談を飛ばしあううちに、寝息が聞こえ始めた。

 用を足すために外に出ると、文字通りの、満天の星空が迫ってきた。小さな星までよく見えるため、東京でははっきりと見えるオリオン座ですら、他の星に埋もれてかすんで見える。川岸の木々の影だけが後ろに流れていき、船と星が同じスピードで前に進んでいく。速いわけでも遅いわけでもない、秒針が時を刻むような確かさとともにどこかへ向かっていくような、なんとも不思議な感じだ。

 寝床に戻り、何度も足で頭を蹴られながら、ウトウトとする。眠りに落ちることはできなかった。

 夜が明けて再び、着岸と荷下ろしを繰り返しながら、船はヤフンケを目指した。ヤフンケが近づくにつれ、乗客も少しずつ身支度を始める。途中からずっと隣りあわせだった青年のアッバも、いそいそとカバンに荷を詰めていた。アッバは、マリ人には珍しい流ちょうな英語で、こう話した。

「長い間、(同国北部の情勢不安のために)モプチより北へ向かっていく外国人を、私たちは見ていませんでした。だから、ここにいる誰もが、あなたを見て喜んでいるのですよ。心からあなたを、乗客の皆が、歓迎しています。ヤフンケで、マリ北部の状況を、自分の目で確かめてきてください。あなたに神のご加護を」

「神のご加護を」と言われて、神に祈るしかない不測の事態が起こり得ることを思い、少し身震いした。

 ヤフンケの街並みが見えてきた。歓迎されていることはありがたくうれしくも、気を緩める気持ちにはなれない。ヤフンケの川岸に降りた私は、「帰りもよろしく」と、心の中でつぶやいた。

(※)マリ北部における紛争
2012年よりマリ北部を中心に続く武力闘争。マリ北部の自治拡大・分離独立を求める現地勢力に加え、リビアのカダフィ政権崩壊に伴い武器とともに流入した外国人勢力や、AQIM(イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ)と共闘する勢力など、複数の出自の異なる勢力がマリ政府に対し攻撃を続け、一時は同国北部の3都市(キダル・トンブクトゥ・ガオ)が反政府勢力によって占領された。その後、フランス軍やチャド軍の介入により北部は奪還され、MINUSMA(国連マリ多面的統合安定化ミッション)の常駐により、一程度の平穏は得られているものの、散発的な攻撃やテロは治っておらず、予断を許さない状況にある。

岩崎有一(いわさき・ゆういち)
1972年生まれ。大学在学中に、フランスから南アフリカまで陸路縦断の旅をした際、アフリカの多様さと懐の深さに感銘を受ける。卒業後、会社員を経てフリーランスに。2005年より武蔵大学社会学部メディア社会学科非常勤講師。ニュースサイトdot.(ドット)にて「築地市場の目利きたち」を連載中