――全館とはすごいですね。これまでに例のない展覧会になりそうです。

篠山:原美術館は特殊な美術館なんですよ。いまも巡回している「写真力」という展覧会をやってわかったんですが、公立美術館はヌードはダメ、入れ墨はやめてくれ、と制約がいっぱいあるんです。でも原美術館は私立ですから、館長がいいと言えばできる。展覧会の会期と会期の間を10日間空けてもらって、毎日通って撮りました。場所が決まっていますから、どこでどう撮るかは撮る前にほぼ決まっているわけ。戯曲で「当て書き」とか、踊りなら「当て振り」という言葉があるけど、これは「当て撮り」ですね。当て撮りなんだけど、自分の思ったまんまには写らない。そこが写真の面白さだね。

――撮影はデジタルカメラですか。

篠山:デジタルはいいですよ。速いし、すぐに見られるから、モデルもその場で、僕が何をやっているかがすぐわかるじゃないですか。それと、パッと撮って、プリントにしようと思ったらその場ですぐ出力できる。そのスピードが「いま」っぽいよね。現像に出して2日待つ、なんてやってたら10日間じゃできない。そりゃ、もうデジタルのおかげですよ。感度が高いとか、暗いところでも撮れちゃうとか、ほかにもいいところがある。いまの時代はいまのカメラで撮るの
が僕のやり方なんです。

■モデルに愛とリスペクトを

――篠山さんの作品を見ていて、空間を把握する力にいつも驚かされます。とくに広角の写真に顕著ですが、空間と人物が見事に調和しています。

篠山:写真を撮るうえで空間を把握することは重要ですね。だいたい、僕は色っぽいところを探すんだけど。この部屋のこの部分、いいなあ。色っぽいじゃん、という感じですね。原美術館の場合、空間が入り組んだ密度の面白さがあります。もとは邸宅ですからね。

 それに光を把握することも重要ですよ。土門拳さんに言われたんです。「篠山くん、仏像は走ってるんだよ!」。自然光は一瞬一瞬で状況が変わる。すると仏像の表情も変わる。それをぱーっと追っかけて撮るんだよ、と。そのとおりだと思いますね。光をどう捕まえるかはすごく難しいですよ。原美術館でいいのは窓があること。自然光が入ってくる。そこに人間のこまやかな心情が入ってくる。

――空間。光。人の気持ちですね。「人」でいえば、ポージングをどうされているか気になります。

篠山:ここでこういうことをやりたい、と選んだモデルがきたときには、必然的にポーズが決まってくるんですよ。もちろん、その女の子のいちばんきれいな形はありますよ。身体だって、ちょっと角度を変えるだけで写り方が変わる。一歩前に、あるいは後ろに下がるだけで、脚のかたちがぜんぜん違ってくる。それはもう経験を積むしかないですね。「脚、組んでみて」「もうちょっと向こうに歩いてみて」「ほら、振り向いてみて」「笑ってみて」。瞬時に判断する。うまくいかなかったらすぐやめる。違うやり方でやる。

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