春は菜の花が一面に広がる (吉田さん提供)
春は菜の花が一面に広がる (吉田さん提供)
夏には青々としたネギが真っ黒な火山灰土とコントラストを作る(吉田さん提供)
夏には青々としたネギが真っ黒な火山灰土とコントラストを作る(吉田さん提供)
秋のコスモスは、まるで花のじゅうたんのよう(吉田さん提供)
秋のコスモスは、まるで花のじゅうたんのよう(吉田さん提供)
冬の夜久野高原。銀世界に、柿のオレンジ色が映える(吉田さん提供)
冬の夜久野高原。銀世界に、柿のオレンジ色が映える(吉田さん提供)
夜久野高原の四季折々の風景を撮影し続ける吉田利栄さん(吉田さん提供)
夜久野高原の四季折々の風景を撮影し続ける吉田利栄さん(吉田さん提供)

 雲海の中にぽっかりと浮かぶ「天空の城」。兵庫県朝来市の国史跡、竹田城跡の写真を撮影し、世に広めるきっかけを作ったのが、同市在住のアマチュア写真家、吉田利栄さん(83)だ。城跡は一躍有名になり、ブームに発展。2014年度には約58万人がこの地を訪れた。

【吉田さんが撮影したほかの写真はこちら】

 現在、ブームは次第に落ち着きをみせ、11月末時点までに訪れた人の数は、前年比約35%減となっている。そんな折、吉田さんが同市で発見した、とっておきの場所を紹介してくれた。なんと、まるで北海道を思わせる、どこまでも広がる大地を撮影できるというのだ。

 吉田さんは、年間約250日、カメラを手に竹田城に通うほか、市内を隅々まで回り、“納得の1枚”が撮れるポイントを探し求めている。昼夜を問わず、「よい写真が撮れるな」と思い立ったらすぐに出かけるという姿勢には会うたびに驚かされる。

 そんな吉田さんがお勧めする撮影ポイントが、同市と京都府との境にある夜久野(やくの)高原だ。夏には黒豆の葉が生い茂り、秋にはソバの花が咲き乱れる広大な農地や丘陵は、「幾度となく訪れ、見渡す限り丘陵や花畑が続く北海道美瑛町の景色にも負けていない」(吉田さん)という。

 夜久野高原の風景が、美瑛町と似ていることに気付いたのは約30年前。周辺は民家や街灯がなく、遠くまでなだらかな丘陵が見渡せる。ファインダーをのぞくと、手入れがされておらず、雑草だらけになっている場所でも絵になった。興味を引かれ、四季折々の様子を撮影するようになったという。

 春霞(はるがすみ)にけむる草原やどこまでも続くネギ畑、一面雪に覆われた真っ白な大地など、吉田さんが約10年間かけて撮りためた写真は1万枚以上にもなる。

 撮影する時は、いつも北海道のイメージを頭に置く。さまざまな角度を試し、撮影時間を変えるなどして、他の人が撮れない写真にチャレンジしているそうだ。「慣れてくると、この状態だったらこういう写真が撮れるなと、イメージが浮かぶようになる。長時間露光や光の当て方などを工夫すれば、肉眼では見ることができない風景も撮影できる」(吉田さん)。

 おすすめの場所までは道路事情が悪く、関係者以外は入りにくい。しかし、吉田さんは「こんなに美しい写真が撮影できる場所を放っておくのはもったいない」と思うようになってきた。

 北海道の有名観光地である美瑛町や富良野市の景色は、もともと人間が原野を開拓して作ったものだ。吉田さんはずっと、こうした街にならい、「道路を整備して、木や花を植えれば多くの人が楽しめる場所になるのではないか」という構想を温めてきたという。

 そして15年春ごろから、行政関係者や市民らに写真をみせ、「“朝来の美瑛”というイメージにしましょう」と活用を呼びかけ始めた。そのかいあって、夏から秋にかけて高原にある市有地約3ヘクタールに、試験的にコスモスの花畑が作られた。吉田さんも写真仲間らと草取りなどに汗を流し、11月ごろには、自然の風景に溶け込んだ、広大なコスモス畑が完成した。

 残念ながら、コスモスの花々は雨のため、11月に行われた旅行会社の撮影ツアーの前に枯れてしまった。しかし吉田さんは、今後も粘り強く行政や観光業者、住民に働きかけていくつもりだ。「竹田城跡の人気はいつまで続くか分からない。土地の特徴を生かして、北海道の風景に近づければ、新たな観光地になる可能性があると信じている」と意気込みを語る。

 いくら有名になって観光客が訪れるようになっても、人を呼び込む努力を続けなければ、一過性のブームで終わってしまう。行政や関係者と協力して、長年朝来市で写真を撮り続けてきた吉田さんならではの提案を、ぜひ実現してほしい。

(ライター・南文枝)

吉田利栄(よしだ・としひさ)
1932年生まれ。兵庫県職員時代の60年ごろから本格的に写真を撮り始める。退職後はカメラを片手に全国各地や中国やアメリカ、ニュージーランドなど約45カ国を回り、これまで撮りためた写真は60万枚を超える。和田山写真クラブ会長