『ワンダー』ショーン・メンデス(Album Review)
『ワンダー』ショーン・メンデス(Album Review)
この記事の写真をすべて見る

 容姿、人間性、声、才能、どれをとっても超一流。それに加え、若くして成功を収めたスターにありがちなどギツいゴシップも皆無だっていうから、ぐうの音も出ない。しかし、その裏では我々が抱く“完璧な”イメージを崩さないようにとひたすら努力していたようで、苦悩を明かしたインタビューを見て少し心苦しくなった。

 そんな努力の甲斐もあり、2015年リリースのデビュー・アルバム『ハンドリトゥン』、翌2016年の2ndアルバム『イルミネイト』、そして2018年に発表した前作『ショーン・メンデス』の3作すべてが米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で首位を獲得。ソング・チャート“Hot 100”でも、最高4位を記録したブレイク曲「スティッチズ」や、カミラ・カベロとデュエットした初のNo.1タイトル「セニョリータ」など、計6曲をTOP10に送り込んだ。

 一見誰もがうらやむ輝かしいキャリアだが、そんな功績もプレッシャーとしてのしかかっていたのかもしれない。

 本作『ワンダー』は、その『ショーン・メンデス』から約2年半ぶりのリリースとなる、通算4作目のスタジオ・アルバム。コロナ禍を経て制作したことが吉と出たようで、身体をゆっくり休め、安定した精神状態で曲作りができたと話している。カミラとも長い時間一緒に過ごせたようで、同じ悩みを抱える彼女の助言が重圧を払拭してくれたのだそう。

 明確なコンセプトは示されてはいないが、海原に横たわるカバー・アートからも「解放感」が伺える。そんな経緯からか、先行シングルとして発表した「ワンダー」には、周囲の反応や好感度に囚われず、自分らしく在ろうという意思が綴られている。アルバム・タイトルに冠しただけはあり、本作の核ともいえる力作。抑え気味なヴァースから解き放たれたように歌う高らかなサビへの展開は、歌詞の内容そのもので、同日に公開されたMVも、列車の屋根で両手を広げたり、森の中を滑走するシーンが歌とリンクする。

 制作陣には、前作『ショーン・メンデス』からの1stシングル「イフ・アイ・キャント・ハヴ・ユー」(最高2位)をプロデュースしたスコット・ハリスと、今年大ヒットを記録したハリー・スタイルズの「アドア・ユー」等を手掛けるキッド・ハープーンを迎えている。サウンドは、そのハリーのデビュー曲「サイン・オブ・ザ・タイムズ」(2017年)にも通ずる70年代風ロッカ・バラードで、終盤のゴスペル風コーラス含め、冒頭からエンディングのような感動を覚える。ソング・チャート“Hot 100”では18位にデビューし、アダルトTOP40チャートでは9位にTOP10入りした。

 一方、2曲目のシングルとして発表した「モンスター」には、トップスターが故の悩み、音楽業界への不満、SNSで批判するアンチに対してのメッセージなど、湿っぽい内容が満載。とはいえ、ネガティブな思想を明るみにしたのもある意味「解放」といえるし、正統派を貫くこれまでの作品にはなかった意欲的な姿勢も伺える。前述の「ワンダー」と重なる要素もあれば、トラップ、ネオ・ソウルにも聴こえるジャンルレスなサウンド・プロダクションで、シングル曲としてはまた違った一面をみせた。

 その「モンスター」では、同カナダ出身のスーパースター=ジャスティン・ビーバーをデュエット・パートナーに迎え、制作陣もトロント出身のダニエル・シーザーとムスタファというカナダ勢で固められている。彼らの初コラボレーションは本国でも大きな話題となり、カナダ・チャートでは「セニョリータ」に続く2曲目のNo.1を獲得。最新のソング・チャート“Hot 100”(2020年12月5日)でも8位にデビューした。画としても初の共演となるミュージック・ビデオは、面白みには欠けるものの、その訴えを全身で表現した両者のパフォーマンスに圧倒される。お互い、よほどフラストレーションを溜め込んでいたのだなぁ……と。

 3曲目のシングルとして発売同日にリリースした「コール・マイ・フレンズ」は、ワン・ダイレクションのプロデュースで知られるジョン・ライアンが制作に加わったミディアム・テンポのエレ・ポップ。前2曲とはまた違った視点の内容で、人知れずストレスや孤独を抱えるスターの想いが歌われた。アップでは、攻撃性のあるファルセットでスリリングな展開を演出するダンス・ポップ「ハイヤー」でも、トップに登り詰めたが故の不安が綴られている。

 「ハイヤー」もそうだが、本人がお気に入りと公言している4曲目の「ティーチ・ミー・ハウ・トゥ・ラヴ」も、シングル・カットされればヒットが期待できそうなクオリティの高さ。同曲は、昨今ブームを起こしているフューチャー・ディスコを取り入れたナンバーで、ドラマーには大ファンだと公言するアンダーソン・パークを迎えている。懐メロっぽいマイナー調の旋律、カッティング・ギターいずれも嘗てのサウンドをそのまま焼き直したような仕上がりで、ショーンのしなやかな感性も十二分に活かされた。リッキー・リードがプロデュースした「ピース・オブ・ユー」も、クイーンのNo.1ヒット「地獄へ道づれ」(1980年)を下敷きにしたような同路線のディスコ・ファンクで、どちらも甲乙つけがたい素晴らしさ。

 前半を物憂げなアコースティック・メロウ、後半を60年代風ロッカ・バラードの2部で構成された「ソング・フォー・ノー・ワン」は、カミラと交際する前に制作した曲だそうで、(当時の)切ない男ゴコロが垣間見える。制作には、そのカミラのデビュー作『カミラ』(2018年)を全面プロデュースしたフランク・デュークスがクレジットされた。アコースティック・ギター1本で弾き語る最終曲「キャント・イマジン」もカミラに向けたと思われるナンバーで、コロナ禍を経て「世界がどうなるかは分からない。それはあなたがいなければ」というフレーズを、泣きのメロウに乗せて切々と歌う。

 その他、重たいミディアムにファルセットを重ねる、まさにドリーミーな世界観の「ドリーム」、ポップ・パンク風の「305」、優しい旋律のバラード「24・アワーズ」や「オールウェイズ・ビーン・ユー」、映画のエンディング曲を彷彿させる大作「ルック・アップ・アット・ザ・スターズ」など、60~70年代のサウンドを基とした曲が目白押し。「内面を深く掘り下げたアルバム」と説明していた通り、これまで吐き出せなかった想いや自粛期間を経て見直したライフスタイル、今後の方向性等が随所に散りばめられていて、ボーカルも更に成熟し、男気が増した印象を受ける。

 それもそのはず、気づけばショーン・メンデスも22歳。シーンに登場してから7年も経つワケで、少年から青年への成長が伺えるのも当然。だが、とはいえ“まだ”22歳。貫禄や思想、落ち着きっぷりからするとちょっと不気味なほどだ。これだけの名声を手に入れれば天狗になるのも、ゴシップのひとつやふたつカマすのも不思議ではないのに、彼女一筋に、誠実に音楽と向き合い続けている。本当に人間性の出来た人なんだなぁと、感心してしまうというか。

Text: 本家 一成