
やなせたかしさん、小松暢さん夫妻をモデルに、苦悩と荒波を越えてふたりが「アンパンマン」にたどりつく姿を描くNHK連続テレビ小説「あんぱん」(毎週月~土曜午前8時NHK総合ほかにて放送中)。14日から始まった第16週(76~80話)は、東京出張の最終日、のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)が「ガード下の女王」こと薪鉄子(戸田恵子)を見つける。のぶに関心を示した鉄子は、あることを告げて去っていく。嵩は戦友だった八木(妻夫木聡)と思いがけない再会を果たすことに。そして『月刊くじら』の最新号が発売された直後、編集部に1本の電話があり、のぶの運命が大きく変わっていく。
【写真】「アンパンマン」ではなく「コッペパンマン」になる可能性も?
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八木が孤児に配るコッペパンが象徴
今週は、嵩がのぶへの恋心と、八木上等兵(妻夫木聡)への複雑な嫉妬心を触媒として、いかにして「アンパンマン」という不滅のヒーローを創造するに至ったか、その創作の「秘密の起源」を描く物語でもあった。
物語を大きく動かしたのは、「ガード下の女王」と呼ばれる高知出身の代議士・鉄子との出会い、そしてのぶの祖父・釜次(吉田鋼太郎)の死である。だが、それらの出来事の裏で、静かに、しかし確実に嵩の心を突き動かしていたのは、東京で再会した戦友・八木への感情だった。闇市で稼ぎ、孤児にコッペパンを配る八木の「絶対的な正しさ」に、のぶは強く惹かれていく。愛する女性の視線が、自分ではない別の男に向けられることへの、痛切な嫉妬と無力感。それこそが、今週の嵩の創造の原動力であった。
心が奪われている証拠は、彼女の行動に明確に現れる。77話、東京での取材を終えたのぶは、『月刊くじら』で、当初の目的であった鉄子ではなく、八木の記事を書きたいと主張したのだ。編集長の激しい反対を押し切り、最終的に彼女は八木の記事を完成させる。大きなリスクを冒してまで1人の男の「正しさ」を伝えようとするその姿。鉄子からは絶賛されることになるが、嵩にとっては、のぶの心が自分にないことを突きつけられる、何よりの証拠となった。
この嫉妬の象徴が、八木が孤児に配るコッペパンだ。そこには時代が深く関わっている。
第2次世界大戦後、深刻な食糧難に陥った日本において、アメリカからの援助物資であった小麦粉で作られたコッペパンは、学校給食を通じて国民の飢えを救う「命のパン」として普及した。つまり、コッペパンは単なる食料ではなく、戦後復興と、アメリカがもたらした「新しい正義」の象徴でもあったのだ。八木のコッペパンは、まさにその時代の記憶と分かちがたく結びついている。