
明治期も今もクマは人の頭部を狙う
クマが人の頭部を狙う、というデータはほかにもある。
NPO日本ツキノワグマ研究所の米田一彦所長は、クマの生息する府県で発生した事故を明治中期の1897年から2016年まで調査した(狩猟中の事故などを除く)。全1993件、2255人の被害者の損傷部位の割合は、頭部44%、手腕部25%、足部12%。23年度は、頭部44%、手腕部34%、足部7%だった。
「明治期から現在まで傾向に大きな違いはなく、クマは主に人の頭を攻撃するとみられる」と、米田さんは話す。
米田さんは研究を重ね、10年ほど前から、こう訴え続けてきた。
「クマに遭遇した場合、立った状態で攻撃を受けるのが最も危険。ただちに腹ばいに伏せて顔を地面につけ、両腕と手で頭部や首筋を守ってください。致命的なダメージを防ぐことが重要です」(米田さん)
4年前に改訂された環境省の「クマ類の出没対応マニュアル」にも、うつぶせになって頭部を守れ、と記述されるようになった。
防御姿勢で致命傷はなかった
クマ外傷は深刻だ。どうすれば、被害を最小限に防ぐことができるのか――。
石垣医師は冒頭の事件の受傷者6人の中に、クマから執拗に攻撃されながらも、重傷を免れた人がいることに気づいた。そして、環境省のマニュアルにも記されている「うつ伏せによる防御姿勢が有効なのか、検証しようと考えた」という。
被害者の一人は、「ほぼうつぶせの姿勢で、クマの致命的な攻撃をかわしていた」(石垣医師)
石垣医師は、「同様のケースがあるのでは」と、20年度から4年間に秋田県内でクマに襲われて医療機関を受診した人のカルテ情報を収集し、解析した。
23年度に同県内で発生したクマによる人身事故は62件、70人。このうち、うつぶせによる防御姿勢をとったのは7人(10%)で、その7人の中に重傷者はいなかった。
「手で覆いきれなかった頭頂部を爪で引っかかれたり、腕をかまれたりした傷はありましたが、致命的となる首や顔面の受傷はなかった」(同)
頭を覆っていた指や手の切断もなかった。つまり、「うつぶせ」は防御姿勢として有効だということだ。