Ⓒ矢口亨
Ⓒ矢口亨

濁りのない、圧倒的な清潔感

――これまで撮影を重ねてきたなかで感じる羽生さんの凄みや深みを教えてください。

 うまく言語化するのが難しいんですけど、清潔感が圧倒的だと思います。濁りがないと言えばいいんでしょうか。彼がリンクに立つと、そこがすごく神聖な場所に感じられるんです。その尊さを言い表すとすれば、清潔感なのかな、と。

――その清潔感は、どういうところからにじむものですか。

 羽生選手の姿を見ていると、普段の生活や練習のときから自分を律して、いろんなものを制限したり、規則正しい生活を続けたりしていることが伝わってくるんです。誰も見ていない場所であっても一人でしっかり練習をこなしていく。ショーを見てくださる方や届けたい人たちのために何が必要かを常に考えているからこそ、成し得ることだと思います。

 毎日の丁寧な積み重ねが体形や振る舞い、外見に出てくると思うのですが、羽生選手からはその凄みを圧倒的に感じるんです。だから羽生選手の演技は美しくて、質の良いものだけがまとう特別な雰囲気を持っているのかなと思います。

 それはアイスショーのショーアップされた会場でも、それ以外の場所でも変わりません。昨年9月に羽生選手が出演した能登半島復興支援チャリティー演技会でより強く感じました。

――能登の演技会には、オフィシャルカメラマンとして練習の様子から密着されていたんですよね。

 改めて振り返ると、あの演技会はあらゆる面で普段と異なる環境でもありました。ライトはアイスリンクの照明をそのまま使いましたし、輪島の若手和太鼓チームとの共演も初めての試みです。限られた準備期間のなかで、羽生選手をはじめ参加した一人ひとりが精いっぱい取り組んでいることが伝わってきました。

 オープニングの和太鼓との共演もフィナーレの「ケセラセラ」も、集まった4人のスケーターが話し合いながら作り上げていく姿を見ていました。本番前日の練習では、夜が近づいて各自練習を終えて引き揚げていくなかで、羽生選手が一人残っていたことを覚えています。

――ギリギリまで練習を続けていたんですね。

 太鼓のリズムに自分のスケートを合わせるのが難しいようで、ずっと残って練習していました。正直、僕らにはわからないズレなんです。僕なんかは、見た感じ「すごい」と思うんですけど、すごく細かい、本人だからこそわかるものがあるようでした。

 この演技会は、石川県内のアイスリンクを使うこともあって、現地での観覧は石川、富山、福井の各県に住む地元の小学生たちに限っていました。だから、ほとんどの人は配信を通して視聴することになります。そうしたなかで演技を通して伝えることがいかに難しいかを、誰よりも羽生選手自身がわかっていたからこそギリギリまで練習を続けていたんだと思います。

「伝える」ということには、とても大きなコストがかかります。その努力を怠らないからこそ、羽生選手の演技には気高さや清潔感、ピュアさが生まれて、いろんな人の心に深く入るのかもしれません。

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