Ⓒ矢口亨
Ⓒ矢口亨

――感想を伝えたとき、羽生さんご本人はどういうリアクションをされたんですか。

 羽生選手の返事を聞いて思ったのは、「届けることを強く意識しているんだな」ということです。表現というのは、土台に自分がいて、それを誰にどう伝えたいかということを逆算して形成されると思うんです。いろんな人に優しさや希望を届けたいと思ったからこそ生まれる身体の美しさや柔らかさが伝わってきました。だから僕は心地よさを感じて、ずっと見ていたいと思ったのかもしれません。

 このとき見た「Danny Boy」は、自分自身が表現したいという気持ちももちろんあるけれど、その表現がもっといろんな人に向いていたのかなという感じがしました。一つひとつの動きに優しさを感じたのは、羽生選手自身のそうした気持ちが演技にも乗っていたからだと思うんです。

――24年の「ファンタジー・オン・アイス」というと、プロに転向してから少し時間が経った時期です。その間に羽生さんは「プロローグ」(22年)、「GIFT」(23年)、「RE_PRAY」(23~24年)と単独アイスショーを重ねてきました。そのなかで感じた変化はありますか。

「プロローグ」は、ショーの構成も含め、競技時代の感覚を踏襲していたと思います。これまで羽生選手が歩んできた足跡になぞっていましたよね。「GIFT」はDisney+の配信でしか見られていないのですが、競技時代から応援してくれたファンの方たちに対するものでもあったのかな、とも思っています。そういう面で言うと、「春よ、来い」も「Danny Boy」と同じくずっと見ていたいと思うプログラムでした。

――「春よ、来い」は22年の北京オリンピックのエキシビションも印象的でした。

 僕個人の感想になりますが、北京のときは優しさや人を癒やすといった要素の一方で、羽生選手自身に向けられている比重も大きかったのかなと思っています。具体的には、羽生結弦という人生や北京での悔しさ、そこに挑戦した自分自身、などです。あのときの「春よ、来い」もすごくきれいで、とても優しかったんですけれど、同時に苦しさみたいなものを感じる瞬間もありました。

――プロ転向後も、いろいろな場面で「春よ、来い」を演じています。

 最近でいえば、「The First Skate」(7月5日、ゼビオアリーナ仙台)で見ましたが、やっぱり柔らかさみたいなものを強く感じました。「春よ、来い」は激しい表情や動きをする場面もありますが、そのなかにも、滑らかさや優しい柔らかい感じが加わっているように思います。

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