
2022年7月19日に記者会見を開き、競技生活に区切りをつけ、プロフィギュアスケーターとして歩むことを表明した羽生結弦さん。あの日からちょうど3年。「表現者・羽生結弦」はどう変化し、どう深化してきたのだろうか。羽生さんを長年にわたって撮り続けてきた写真家・矢口亨氏に話を聞いた。
【写真】しなやかで美しい…羽生結弦さんがスタジオ撮影で見せた圧倒的表現力
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――羽生さんのプロ転向から3年が経ちました。矢口さんはプロ転向前から競技やアイスショー、そしてスタジオと様々なシチュエーションで羽生さんを撮影しています。その間を振り返って、羽生さんのフィギュアスケートへの向き合い方に変化は感じていますか。
物理的な観点でお話しすると、競技には「審判員による点数」が評価基準の一つにあります。羽生選手自身のなかにも、「プログラムのなかにあるエレメンツを一つずつクリアしながら全体を滑りきる」という意識が強かったのではないかなと思います。具体的に言うと、競技のときはやはり得点の比重が大きいジャンプにこだわりや熱量、集中力を割いていたような印象がありました。
プロになってからは、その軸が少し変化したように感じています。一つは、彼自身が見せたいと思うものへの納得度。それにプラスして、スケートを見に来てくださる方がどう感じるのか、どうすれば一人でも多くの人に伝わる表現ができるのか、です。ジャンプも含め、一つひとつのスケーティング技術であったり、スピンの美しさであったり、もっと根本的なことを言えば、姿勢や佇まい、動作一つひとつの美しさをすごく大切にしているのかなと感じます。
――そうした変化を見るなかで、撮影者として視点や心持ちが変わったりはしますか。
撮る側としては、なんと言えばいいんでしょうか。前は、撮るときにある種の息苦しさみたいなものがありました。競技ということもあり、会場そのものが緊張感で包まれていて、ショートの約3分、フリーの約4分がそれぞれすごく長く感じたことを覚えています。
――プログラムの3分、4分が長く感じたというのは、プレッシャーのようなものなのでしょうか。
撮影することへのプレッシャーももちろんありますが、それは今もあまり変わっていません。フォトグラファーとして撮影していると、被写体に対して応援する気持ちがどうしても入ってきます。競技で言えば、「どうかうまくいってほしい」「3分間、完璧に滑っているところを見たい」という気持ちが出てくるんです。その意味で時間が長く感じたのかもしれません。
今は、演技を見ながら自分自身も楽しんでいるからこそ、一つひとつの動作を細かく見られるようになったような気がします。
“優しさ”感じた「Danny Boy」
――印象的だったプログラムはありますか。
羽生選手にも一度伝えたことがあるんですけど、2024年の「ファンタジー・オン・アイス」の「Danny Boy」に僕はすごく感動したんです。どう表現していいかわからないんですけど、すごく美しくて、何より「ずっとこれを見ていたい」と思ったんですよね。この感覚は競技を撮影していたときにはあまり感じたことがなかったかもしれないです。