沖縄もすでに梅雨入りし、全国の入梅も間近、蒸し蒸しする夜が増えてきましたね。そんな時期、夜中にちょっとコンビニに、と出て行くといきなり見慣れないケモノと鉢合わせ! 姿はタヌキともイタチともネコともつかず、目はビー玉のように丸く尻尾は長大。電線を伝い歩きする姿はキツネザルのよう。都会の街中の住宅街でこんな魔獣が頻々と目撃されているようです。その正体はハクビシン。昔、日本ではこのハクビシンを、雷雲から落ちてきた妖怪「雷獣」だと考えていました。

タヌキにも似ています
タヌキにも似ています
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外来種?在来種?増加している?していない?ハクビシンの実態はナゾだらけ

ハクビシン(Paguma larvata)は、漢字では白鼻心または白鼻芯、顔の中心に縦に白く太い線が入ることが特徴のネコ目・ジャコウネコ科の哺乳類です。
全長は約90~110cm、尾は約40~45cm。体重は約3~4kgほどで、ほぼネコと同じくらいの大きさですが、シルエットはかなり違い、ネコよりも全体に体が細長く華奢で、尻尾もネコより太くなります。体の大部分が灰褐色から茶褐色で、四肢の先は黒色。前足・後足とも五本指で爪が鋭く長く、指の間には水かきがあります。この足で、ベタ足で歩き、巧みに木や塀をのぼります。
繁殖シーズンは主に夏から秋にかけて1~2匹を出産、子育てのために人家の屋根裏に侵入し、糞尿や害虫、騒音被害をもたらしています。またハクビシンは果物が大好き。果樹農家はかなりの被害を受けているようです。
ここ数年、こうしたハクビシンの被害報告、駆除依頼が増加しており、頭数が爆発的に増えているのではないか、という推測もされています。特に都心の市街地で目撃されることが多くなり、東京23区内では約1000頭ほどが生息し、その数は狸より多いといわれます。筆者も何度となく見かけています。仲良しだった野良と一緒にいたときにも一度ハクビシンと出くわしたことがあり、そのときにはネコ、ためらわずハクビシンに突進していき体当たり。ハクビシンは反撃することもなくあわてて逃げていきました。これを見ても野良ネコとはテリトリーがかぶり競合状態のようですが、直接対決ではちょっと分が悪く、基本的におとなしい性質のようです。
でも、実際本当にハクビシンが増えているのか、増えているとしたらその増加数はどれくらいで理由は何なのか、というと、どうもはっきりしていないようなのです。というのもハクビシンは一応外来生物扱いはされていますが、いつごろ、どうやってやってきたのか、はっきりしていない謎の生物なのです。ミンクやアライグマなど、近年になって野生化した外来動物は、ミンクが1930年ごろから毛皮をとる目的で北海道に持ち込まれ、逃げ出した個体が野生化したという経緯が、アライグマも1970年代にアニメのブームでペットとして輸入された後遺棄されて繁殖したということがわかっていますが、ハクビシンについては明治から戦前にかけて毛皮用に輸入された、という推測はされていますがはっきりとした記録があるわけでもなく、またその時期と近年の繁殖数増加とのタイムラグは少なくとも半世紀以上もあり、少々怪しい推測。
ハクビシンが日本に持ち込まれた記録ではっきりしているのは江戸後期の1833年、オランダ船が長崎出島に多数の外国産動物を持ち込んだ中にハクビシンが含まれていたようです(唐蘭船持渡鳥獣之図)。ただ、鎌倉時代には日本に移入していたことをうかがわせる文献もあり、何度かにわたり少ない頭数が貿易によって持ち込まれ、それにより野生化していたのではといわれています。

木登りが得意
木登りが得意

雷獣・河童・現代妖怪考とハクビシン

ところで、近年増えているといえば、雷やゲリラ豪雨。地球温暖化やヒートアイランド現象などによるゲリラ豪雨・雷雨が特に関東地方南部の都市圏で増加傾向にあります。一方ハクビシンも、狩猟での捕獲は1980年ごろから、2000年前後からは都市部の駆除捕獲で、特にこの10年ほどはその増加数が急激になっています。これはちょうどゲリラ雷雨・豪雨が増えだした時期と同じ。
落雷とともに現れるといわれる「雷獣」、江戸時代から盛んに口端に上るようになる流行り妖怪で、さまざまな読み物、文献に登場してきます。それらの古典に記録されている雷獣の特徴がハクビシンと共通する部分が多く、また、「狸の綱渡り」という見世物が江戸時代に行なわれていたのですが、そもそも狸は綱をわたることは出来ず、木登りや電線渡りが得意なハクビシンだったのではないか、とも、また江戸時代の書物に描かれた雷獣の絵はハクビシンを描いたものである、ともいわれているわけです。実際、電柱をひょいひょいと登り電線を綱渡りしている姿などを見ると、もしそこでバックに雷雲がピカピカしていて見たこともない生き物が高い場所から現れたら、雷雲に乗って降りてきた、という昔の人が信じてしまうのもよく理解できます。
もちろんハクビシンに雷を起こす妖術があるわけではありませんが、彼らが関東都市圏で増えているのは、温暖化による都市の亜熱帯化が本来彼らの生息域である中国大陸南部、マレーシア、インドネシアなどの東南アジアなどに近い環境になってきたからなのではないのでしょうか。そして、雷が鳴るような祖先のふるさとのスコールや雨季にも似た天候になると血が騒いで活発になり、人の目にもふれることが多くなるのかもしれません。
話変わって2008年9月、千葉県の市川市のとあるお宅の郵便受けに、水かきのついた「河童」とおぼしき手形がくっきりとついていた、という騒動がありました。このお宅の親類が作家・ミステリーライターの山口敏太郎氏だったことから話題がすぐに広がり、スポーツ新聞やテレビの有名バラエティで取り上げられ話題に。後に手形の実物を見た山口氏が、その手形の特徴から「ハクビシンではないか」と推理。さらに、いわゆる全国の「河童神社」や旧家などに伝わる俗にいう「河童の手のミイラ」が、水かきや長い爪・はっきりとした五本指などの特徴がハクビシンと似通っていることを指摘し、妖怪伝説がいかにして形成されるかの現代の貴重な実例ではないか、と述べています。(市川の民家の河童襲撃事件を考えてみるhttp://npn.co.jp/article/detail/24258106/)
それにしても、ではどうして江戸時代にはわずかに生息していたハクビシンが、突然平成になってから目立って増加し始めたのかなどわからないことは多く、やはりハクビシンは「現代都市の魔獣」にちがいないのではないでしょうか。

雷とともに降りてくる?
雷とともに降りてくる?

コピ・ルアクは可能? 利用法を考える

ハクビシンが増えているのなら、ただ駆除するのではなく何か利用法や共存方法はないのでしょうか?
まず思いつくのは、ハクビシンが、あの世界でもっとも高価といわれるコーヒー「コピ・ルアク」を生み出すジャコウネコの仲間だということ。コピ・ルアクはご存知の通りコーヒーの実を食べたジャコウネコが糞として排泄した種子を採取したもの。ジャコウネコと同様、ハクビシンには肛門近くに独特の臭いを発する臭腺があり、果物も大好きと来れば、ハクビシンでコピ・ルアクが出来るのではないか。台湾などの農場では実際にハクビシンを果子狸と呼び、実を食べさせコピ・ルアクを生産しているようで、今後もしかしたら、ハクビシンがコーヒー農場で活躍し、私達がそのコーヒーを味わう、なんて日が来るかもしれません。

こちらはジャコウネコ
こちらはジャコウネコ