●AIと講師の役割分担

「こうした手法を教育界では『遡行(そこう)学習法』と呼びますが、実際にできるのは、トップレベルの教師だけ。それをAIに身につけさせました」(稲田さん)

 授業が始まって約20分。「正弦定理」をマスターすべく「三平方の定理」に立ち返り、いまようやく「垂直二等分線と三角形の外心・垂心」に取り組み始めた女子生徒が手を挙げた。

「先生、わかりません」

 いよいよ講師の出番と思いきや、返ってきたのは、

「解説動画は見たんだよね。じゃあ、その問題の解答を見ながら、もう一回やってみよう」

 というアドバイス。

 女子生徒は一瞬、驚いた表情を見せたものの、気を取り直して図を描き始めた。解答に書かれていることを追いながら、補助線を引き、考える。もう一本、別の補助線を引く。しばし鉛筆が止まる。が、ある瞬間、勢いよく手が動き始めた。

「角度χ=°34」

 答えにたどりついた瞬間、背後から講師の声がした。

「一人でできたじゃん」

 女子生徒もうれしそう。

「何回も間違えたほうが定着するから大丈夫。その調子だね」

 複数の生徒を見ている講師がこんな絶妙のタイミングをとらえられるのも、AIのおかげだ。講師用タブレットではAIがケアすべき生徒を判断し、

「手が止まっています」

「同じ単元で2回目の復習テストを受けています」

 などと表示してくれているのだ。稲田さんは言う。

「一人で苦しんで解けた瞬間が一番うれしい。そのタイミングで講師がすかさずほめるのが大事なんです。自信がついて、次も自分で解決しようと粘れるようになって、どんどんできるようになる。AIはティーチングに徹し、講師は感情を込めてしっかりほめたりタイミングよく励ましたり、人間にしかできないコーチングに徹する。AIと人間のベストミックスです」

●数学への見方が変わる

 授業は80分で終了。

「もう終わり? もうちょっとやりたかった」

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