佐藤二朗が懇願 広瀬アリスに「お母さんって呼んでいいか!」

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 個性派俳優・佐藤二朗さんが日々の生活や仕事で感じているジローイズムをお届けします。今回は、公演中の舞台で起きたある事件について。

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 ちょっとご無沙汰です。舞台のため、当コラム、少しお休みを頂いておりました。この文が配信される10/13に舞台は福岡で大千秋楽を迎えます。感謝。で、当コラム、再開。ふたたび、よしなに。

 さて。その舞台の演目は「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」。作と演出は三谷幸喜さん。僕はシャーロックの相棒、ワトスンを演じました。実はこの舞台の本番中、大変な事件が起きたんす。コレ、書いていいものか迷いましたが、三谷さんも朝日新聞の連載エッセイでこの事件を書いてたので、僕も書いちゃうね。

 舞台の後半で、トランプを使ったゲームを、出演者7人全員でやるシーンがありまして。ありましてとサラッと書きましたが、実はクライマックスの大事なシーン。配る人(ゲームの親)は切ったカードを配ったように見せかけて、用意されたカードとすり替えてから配る。なぜなら、誰にどのカードが配られるかはその後の芝居の展開にムチャクチャ関わってくるから。つまり、配りミスをしたら、その後の芝居が立ち行かなくなる。重責。配る人、重責。

 で、配る人、よりによって俺。ミスターテンパリストの名を欲しいままにする俺。でも俺、頑張った。観劇した妻に芝居の感想を聞いたら、「カード、よく配れたねぇ、君が」と芝居の感想でもなんでもない感想を言われたほど、配り役、頑張った。配り役ってなんだ。とにかく頑張った。あの事件が起きるまでは。

 わりと引っ張ってるが、皆さん、ご想像の通り、配りミスしちゃったの僕。配りミスリングしちゃったの僕。計3回配るんだけど、本来3回目に配るべきカードを、2回目に配っちゃったの僕。

 異変にはすぐ気づいた。だって配ったあと、シャーロック役の柿澤勇人が半笑いだから。ヴァイオレット役の広瀬アリスも半笑いだから。2人、半笑い。僕、全テンパリ。でも芝居、続けなきゃ。でもカード間違ってるからこの後の芝居、全然成立しない。でも芝居続けなきゃ。あわわ、あわわ、あわ%#&*℃$@……。


 その時だった。「ねぇ、やり直しませんか」。広瀬アリスだ。彼女は機転を利かし、レストレイド警部(迫田孝也)がインチキをしたから配り直そうと言い出した。おいアリスよ! 君のこと、お母さんって呼んでいいか! 25年ほど俺の方が年上だが君のこと、お母さんって呼ばせてくれ!

 そんなことを言ってる場合ではない。カードを回収したはいいが、今度は本来配るべきカードを選び出さなければいけない。テーブル上でカードを広げて必死の作業。お客さんに見えぬよう、柿澤や横田栄司(マイクロフト役)が壁になってくれる。アリスと迫ちんが必死のアドリブで繋いでくれてる。しかしミスターテンパリストの俺はなかなかカードを選び出せない。後でハドスン夫人役のはいだしょうこから聞いたのだが、この時俺はずっと小声で「俺は老眼なんだ、俺は老眼なんだ」とつぶやいていたらしい。なに舞台上で自分の老いをアピールしてんだ俺!

 遅々として進まぬカード選び作業。ここで立ち上がった女優がいた。長年テレビの生放送の司会を務め、突発事態の対応に慣れている八木亜希子(ミセス・ワトスン役)だ。

 八木ちゃんはアリスと共に、レストレイド警部役の迫ちんを突っ込む即興劇に参加し、客を大いに沸かせる。八木ちゃん! あなたのこと、お母さんって呼んでいいか!

 ピアノ生演奏の荻野清子も、その即興劇をサポートするように、アドリブでBGMを演奏する。荻野さん! あなたのこと、お母さんって呼んでいいか!

 一方、カードをなかなか選び出せない僕。もう、この老いをアピールするオジサンに任せても無駄と判断したのだろう。落ち着き払った、でも力のある目で、しょうこちゃんが僕に言った。「カード貸して。裏に持ってく」。しょうこちゃん! 君のこと、お母さんって呼んでいいか!

 裏のスタッフの手に渡ったカードは無事、選ぶべきカードで整理され、僕の手に返され、芝居は再開された。終演後のカーテンコールは特別に三谷さんも参加し、カード片手に茶目っ気たっぷりにゴメンのポーズ。アンコールで三谷さんから一言を促された僕は、「今日のことは……記憶にございません!」と、なにお前はウマイこと言ってんだ的なことを言い放ち、一件落着。うそ。落着してない。ホントごめんなさい。共演者たちに助けられた僕が、このハプニングの間に成し得たことは、平仮名4文字で言い表せられる。「あたふた」。みんな、ごめんよ、結局俺、老眼をアピールしただけだったよ。

 この一件ですっかりお母さんが増えた僕は、本来のお母さんである妻(←違)の命により、翌日、女性楽屋にゴディバのチョコレートを、お詫びと共に差し入れたのだった。しかし、やっぱ、アレなのな。女優って生き物は、やっぱ、とびきり、かっちょエエのな。(文/佐藤二朗)

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