「ここは原宿じゃねえんだぞ」 板橋の人気ラーメン店が認められた理由 (2/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

「ここは原宿じゃねえんだぞ」 板橋の人気ラーメン店が認められた理由

連載「ラーメン名店クロニクル」

morris/東京都板橋区大山東町28-8 コンフォールT 1F/11:30~15:00、18:00~22:00【日・祝】11:30~22:00※各ラストオーダー、売り切れ次第終了、水曜定休/筆者撮影

morris/東京都板橋区大山東町28-8 コンフォールT 1F/11:30~15:00、18:00~22:00【日・祝】11:30~22:00※各ラストオーダー、売り切れ次第終了、水曜定休/筆者撮影

■「ここは原宿じゃねえんだぞ」自分の信念を貫いた店主

 板橋・大山の商店街で12年続く人気店がある。「morris(モリス)」だ。一見カフェ風の外観だが、自家製にこだわる手の込んだラーメンを出している。厨房もピカピカに掃除されていて、それだけでも名店とわかる。

 店主の松田徹時さん(46)は愛知県生まれ。その後、府中、そして所沢へと転居した。ひとつのものを極めることへの憧れから職人を目指し、19歳で所沢にある寿司屋で働き始める。20歳で結婚し、21歳の頃には子どもが2人いた。寿司屋での仕事は充実していたが、26歳になっても給料が変わらないことが気になっていた。バブルがはじけて約10年。生活に困るようになり、環境を変えることを考え始める。

 松田さんが寿司とともに、もうひとつ好きな食べ物はラーメンだった。次はラーメンを仕事にしようと、食べ歩きをする中で好きになった荻窪の名店「春木屋(はるきや)」の門を叩く。ところが、面接日が決まり、いよいよこれからという時に、「新しい職人が決まったので面接は無しにしてください。申し訳ない」という連絡を受け、夢はここで一度断たれた。
店内の至るところにバナナがぶら下がっている(筆者撮影)

店内の至るところにバナナがぶら下がっている(筆者撮影)


 職を見つけなければ食べていけないと、松田さんは外食チェーン「大戸屋」に就職。2000年、26歳の頃だった。「大戸屋」はまだ上場前で、これから飛躍するという時期での入社。無我夢中で働き、池袋1号店の店長を任され、32歳のときには30店舗を束ねるマネージャーになっていた。

 ここで松田さんに人生の転機が訪れる。離婚だ。人生の再スタートを切った松田さんは、6年間勤めた「大戸屋」を退職。再びラーメンの道を考え始める。

「『春木屋』で働けなかったことがまだ心に残っていて、やっぱりラーメン屋をやりたいなと思ったんです。『春木屋』で働くことは叶いませんでしたが、2カ月で100軒以上食べ歩いた中で、一番美味しかった店で修行をさせてもらいました」(松田さん)

「和食のいろは」は分かっていたが、ラーメンの作り方は全く知らなかった松田さん。繁盛店での1からの修行は忙しい毎日だったが、肉体労働は慣れており、1年間で多くの技術を習得した。新店のオープニングスタッフにも抜擢され、独立してからの店作りに生かせる経験もできた。

 退職後、いよいよ独立に向けて物件探しが始まる。地元に愛されるローカル感のある店を作りたいという思いから、“商店街”にある物件を探していた。その中で板橋・大山の遊座大山商店街沿いにある物件が見つかる。物件は決まったものの、マッサージ店の跡地だったため、店内はすべて作り直し。工事費は1000万円もかかった。



おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事
あわせて読みたい あわせて読みたい