田上家のチャーシューメンは一杯850円。一人で年間100杯食べる熱狂的なファンもいる(筆者撮影)
田上家のチャーシューメンは一杯850円。一人で年間100杯食べる熱狂的なファンもいる(筆者撮影)

「家系ラーメン店はたくさんありますが、『吉村家』の中毒性の高さは衝撃的でした」(田上さん)

 途中、清湯系など家系ラーメン以外の店でも働いてみたが、その中で自分がやりたいのは家系ラーメンだと心を固め、8年間の修行の後、独立に踏み切る。

 家系ラーメンで独立するなら横浜しかないと、弘明寺の鎌倉街道沿いに出店を決めた。土地勘はなかったが、賃料が安かったこともあり、ここしかないと思い切った。こうして2014年10月「田上家」はオープンした。

 しかし、店は全く流行らなかった。場所が悪すぎたのである。住所は横浜市内ではあるが、駅から遠く、人通りも多くなく、思ったように客は集まらなかった。

「場所が悪い上に、横浜には家系ラーメンの名店がたくさんあります。横浜にこだわったのが仇となったんです。他のエリアでやっていればもっと上手くいっただろうなといまだに思います」(田上さん)

 人気にあやかろうと、様々な企業が家系ラーメンを取り入れていた時代。客入りが悪く腐りそうになったときもあったが、田上さんはとにかくラーメンに情熱のすべてを注ぎ込んだ。一つのメニューを極めるという、ラーメン屋になる決心をした頃の気持ちを忘れなかったのだ。

ラーメンを提供する直前にどんぶりを一杯ずつお湯で温めている(筆者撮影)
ラーメンを提供する直前にどんぶりを一杯ずつお湯で温めている(筆者撮影)

 家系ラーメンの作り方はシンプルだが、だからこそ細部へのこだわりで他店に差をつけるしかない。そう考えた田上さんは、手を抜かずいい食材を使った。チャーシュー、卵、米などの食材は国産を選び、冷凍は絶対に使わない。どんぶりは一杯ずつ直前にお湯で温め、アツアツを提供する。ラーメンは一杯700円。ライスはあきたこまちの炊き立てを一杯50円で提供している。

「メシ屋をやるからには安い値段でお腹いっぱいにしてあげたいんです。ラーメンに集中し、その代わり他のムダは全て省いています。ラーメンを食べて、帰りに喫茶店でコーヒーを飲んで1000円ぐらいが理想ですね」(田上さん)

 味の向上とともに少しずつ口コミが増え、開店翌年には業界最高権威とも言われる「TRYラーメン大賞」の「TRY新人賞・とんこつ部門」3位を受賞。一気に人気店の仲間入りとなる。今や地域のお客さんはもちろん、常連客も多く、週3で通う人や、年に100杯食べる人もいるという。同じ店にこれほどまでに通うファンがいるのは、中毒性が高い家系ラーメンのなかでも多くはない。

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直系店以上に直系の味