天国屋の「鶏白醤油採麺」は一杯800円。スープがきらきらしている(筆者撮影)
天国屋の「鶏白醤油採麺」は一杯800円。スープがきらきらしている(筆者撮影)

 日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。町田で“子どものための一杯”を作り続ける店主が愛するのは、亡き祖父に捧げる一杯で独立した店主が紡ぐラーメンだった。

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■門外不出のレシピを公開

 町田市の国道沿いに「超純水採麺 天国屋」というラーメン店がある。駅から徒歩で約20分、営業も昼のみと平日に行くにはハードルが高いが、毎日行列ができる人気店だ。逆浸透膜浄水器で不純物を取り除いた水を使い、阿波尾鶏のガラ・丸鶏、比内地鶏の鶏油などの厳選素材を合わせた淡麗系のラーメンは、このエリアを代表する一杯となっている。

超純水採麺 天国屋/〒194-0012 東京都町田市金森4-1-1/11:30~材料なくなり次第終了/筆者撮影
超純水採麺 天国屋/〒194-0012 東京都町田市金森4-1-1/11:30~材料なくなり次第終了/筆者撮影

 店主の佐々木昭一さん(46)がラーメンの世界に入ったのは、27歳の頃だった。当時、持病のヘルニアが悪化。手術のために入院した先で、心房中隔欠損症(ASD)にかかった5歳の少年と出会う。その少年はラーメンが大好きで、佐々木さんは元気になったら少年のためにラーメンを作る約束をした。しかし少年は病状が悪化し、亡くなってしまう。それからというもの、佐々木さんは今日まで「子どものためのラーメンを作る」という思いを一貫して守ってきた。

 腰痛を抱えながらも、ラーメン店で修行を重ねた佐々木さん。いくつかの店を経て、行きついたのは町田の「地獄ラーメン 天国屋」だった。当初はアルバイト採用だったが、佐々木さんのラーメンにファンが付き始め、2014年11月に店名を「超純水採麺 天国屋」と改めて独立した。

 佐々木さんのラーメンが話題になるなかで、人気ラーメン店主との交流が出てきた。ラーメン店主から味の相談をされることも増え、18年から月1でラーメンの勉強会を開くようになる。そこでは、佐々木さんのレシピも公開。当然、味を盗みに来る店主もいたが、「業界の発展のため」と先を見据える佐々木さんは気にしなかった。

 19年に勉強会を一度ストップすると、佐々木さんは今度は子どもたちに向けたラーメン教室を始める。独立した頃に、中学校の体験学習でラーメン作りを教えたことがあった。そのときの子どもたちのうれしそうな反応と満足感溢れる表情が忘れられず、店でもやってみたいと思っていたのだ。

「物事を最後までやりきること、料理を作る楽しさや喜びを感じて、子どもが何事にも頑張れるようになるきっかけになればいいなと思っています。そして、参加してくれる子の1%でも、将来ラーメン職人になってくれたらうれしいです」(佐々木さん)

天国屋店主の佐々木昭一さん(筆者撮影)
天国屋店主の佐々木昭一さん(筆者撮影)

 常に子どものためになっているかどうかを自問自答することで、話題作りにはしったり、中途半端な素材を使ったりすることはせず、真っ直ぐに安心安全な美味しいラーメンを作り続けることができた。「天国屋」でアルバイトしていた学生が、親となり子どもを連れてきてくれるのが何よりうれしいという。佐々木さんは言う。

「子どもたちの笑顔を見ていると、ラーメンの味は時代を超えてつながっていると感じるんです」

 そんな佐々木さんの愛するラーメンは、育ての親である亡き祖父との約束を果たして独立した店主の紡ぐ、真っすぐすぎる一杯だった。

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井手隊長

井手隊長

井手隊長(いでたいちょう)/全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター。Yahoo!ニュース、東洋経済オンライン、AERA dot.など年間100本以上の記事を執筆。その他、テレビ番組出演・監修、イベントMCなどで活躍中。ミュージシャンとしてはサザンオールスターズのトリビュートバンド「井手隊長バンド」などで活動中。本の要約サービス フライヤー 執行役員、「読者が選ぶビジネス書グランプリ」事務局長も務める。

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