天王洲ウォーターフロント/品川区。寺田倉庫が主導。運河沿いの倉庫にビール醸造所併設のレストラン「ティー・ワイ・ハーバー」、ベーカリーカフェ「ブレッドワークス」などが並び、外国人観光客も多い。「寺田倉庫という会社の個性で、東京唯一の雰囲気を作り出している。再開発はこうでなくちゃ」(隈さん)(撮影/写真部・松永卓也)
天王洲ウォーターフロント/品川区。寺田倉庫が主導。運河沿いの倉庫にビール醸造所併設のレストラン「ティー・ワイ・ハーバー」、ベーカリーカフェ「ブレッドワークス」などが並び、外国人観光客も多い。「寺田倉庫という会社の個性で、東京唯一の雰囲気を作り出している。再開発はこうでなくちゃ」(隈さん)(撮影/写真部・松永卓也)
天王洲ウォーターフロント(撮影/写真部・松永卓也)
天王洲ウォーターフロント(撮影/写真部・松永卓也)

 他の都心再開発と違って、ここには駅直結の超高層ビルはない。代わりに大型のアートギャラリーを併設した複合施設や、建築模型専門のミュージアムがあり、屋外にはストリートアートが設置されている。エリア内には醸造所を併設したブルワリーレストランや、ベーカリーカフェ、家具店。それらが並ぶ水際のボードウォークは、格好のデートスポットであるだけでなく、週末には家族が犬を連れて散歩する姿も目立つ。都心回帰の流れの中で、周辺に暮らす人たちが増え、かつては郊外のものだった光景が、都心の水際でも展開されているのだ。

 華やかなシンボル開発の一方で、「日本人は匿名空間を作ることにもすぐれている」と隈さんは指摘する。駅やコンビニエンスストアなど、機能を重視する建物がそうだが、中でもカプセルホテルは日本ならではの発明品といえる。

「カプセル」という建築形態は、昭和の高度経済成長時代に、黒川紀章が、「メタボリズム」で提唱したものだった。建築を都市の細胞とみなし、それを新陳代謝させることで建築に持続的な生命を与えるという考え方だ。

ナインアワーズ大手町/千代田区。18年3月に開業。宿泊は4900円~。ナインアワーズは、赤坂、浅草、北新宿などにも店舗を展開。「日本の高度成長の産物だったカプセルホテルを、次の世代がリデザインして、新しい価値を打ち出しているところがいいよね」(隈さん)(撮影/写真部・松永卓也)
ナインアワーズ大手町/千代田区。18年3月に開業。宿泊は4900円~。ナインアワーズは、赤坂、浅草、北新宿などにも店舗を展開。「日本の高度成長の産物だったカプセルホテルを、次の世代がリデザインして、新しい価値を打ち出しているところがいいよね」(隈さん)(撮影/写真部・松永卓也)
ナインアワーズ大手町(撮影/写真部・松永卓也)
ナインアワーズ大手町(撮影/写真部・松永卓也)

 そこから生まれたカプセルホテルだが、建築の先端的な実験場というよりは、終電を逃したおじさんの宿泊所というイメージが強かった。しかし皇居そばに立地する「ナインアワーズ大手町」では、カプセルホテルを宿泊施設ではなく、「都市の道具」と再定義する。提供する機能は部屋ではなく「シャワー」「睡眠」「身支度」の三つ。仮眠とシャワーだけにも対応し、皇居周辺で人気のランニングステーションとしても稼働する。

「スリーピングポッド」と呼ばれるカプセルがハニカム構造で並ぶ建築は平田晃久の設計。無機的でいて有機的。匿名的でありながら記名的。そんな不思議なビジュアルは、世界地図の辺境に位置する都市東京の「ゆらぎ」にも通じる。

「平田さんのような僕の後続世代には、世の中で目立つという前に、自分が楽しいと思える仕事に取り組んでほしい」

路地尊/墨田区。1号基は防災用具の収納施設として1987年に完成。写真の2号基から雨水利用施設に。コミュニティー拠点、防災拠点を兼ね備えた究極のミニマル建築。「墨田区には『白髭東アパート』という、巨大な防火壁団地があり、その大小の対比にインパクトを感じます」(隈さん)(撮影/写真部・松永卓也)
路地尊/墨田区。1号基は防災用具の収納施設として1987年に完成。写真の2号基から雨水利用施設に。コミュニティー拠点、防災拠点を兼ね備えた究極のミニマル建築。「墨田区には『白髭東アパート』という、巨大な防火壁団地があり、その大小の対比にインパクトを感じます」(隈さん)(撮影/写真部・松永卓也)
路地尊(撮影/写真部・松永卓也)
路地尊(撮影/写真部・松永卓也)

 そう語る隈さんが「東京八景」の掉尾(とうび)を飾る建築として選んだのは「路地尊」。「何だ、それ?」となる人も多いことと思うが、墨田区と住民が共同で整備する防災用の雨水利用施設のことで、これぞミニマル建築の極みだ。

 少年時代の隈さんは、丹下健三が設計した国立代々木競技場を見て、建築家になると決めた。その少年が今、曲折を経た国立競技場の設計に携わったことで盛大なスポットライトを浴びている。

「僕の中に巨大で目立つ建築を作りたいという思いはない。人と楽しい関係を築けて、温もりのある建築。それこそが未来につながるものだと考えています」

(ジャーナリスト・清野由美)

AERA 2020年1月20日号より抜粋