店主・黒木直人さん。一杯ずつ丁寧に仕上げる姿は職人技だ(筆者撮影)
店主・黒木直人さん。一杯ずつ丁寧に仕上げる姿は職人技だ(筆者撮影)

 ラーメンには「1000円の壁」という課題がある。どんなに美味しくても1000円を超えるとお客さんから「さすがに高い」と思われてしまう。多くのラーメン店は原価や人件費の高騰と戦いながら、必死で“1000円以内”を守っているというのが現状だ。

 しかし、「くろ喜」は常識にとらわれない。本当に美味しいものにこだわり抜き、手間暇かけて丁寧に一杯のラーメンに仕上げていく。当然、値段も他の店に比べて高くなる。自分のラーメンにこだわり続けた結果、オープンから3年、「1000円の壁」を超えることになる。

「美味しいものを表現するのに、値段は関係ありません。ファストフードとは違うことを見せつけて、ラーメンには1000円以上の価値があるということを証明したかったんです」(黒木さん)

丼手前に吹かれた醤油もこだわりの一つ。スープを飲むと、まず醤油の香りと旨味がふわっと広がり、そこにスープの旨味が遅れてやってくる(筆者撮影)
丼手前に吹かれた醤油もこだわりの一つ。スープを飲むと、まず醤油の香りと旨味がふわっと広がり、そこにスープの旨味が遅れてやってくる(筆者撮影)

 黒木さんが目指すのは「上質」と「本物」。安くて美味しいことも大切だが、料理には「上質」なものが必要だと考えているという。

「『労力を惜しまず作る』というのは簡単ですが、実行するのは大変なこと。それに、従業員の生活もあります。作っている側に余裕がないと、お客さんの満足度も上げられないと思うんです。だからこそ、しっかりお金をいただくというのは大切だと思います」(黒木さん)

「1000円の壁」によって、本当はもっと美味しくできるのに妥協してしまうのはもったいない話だ。安くて美味しいラーメンが存在する一方、「くろ喜」のような上質なラーメンもあっていいと思う。

 常に時代に合ったラーメンを作っていきたいという黒木さんだが、悩みもある。和食やイタリアンなどさまざまな料理を経験してきたことから、どんな食材でもラーメンに仕上げることができる。だからこそ、ゴールが見えないのだ。「何がラーメンなのか」という答えのない問いと戦いながら、日々新しいラーメンを追求し続けている。支店や店舗展開は考えず、一料理人として生涯厨房に立ち続けたいという。

 そんな黒木さんが愛するラーメンは、一流ホテルの総料理長まで務めたラーメン職人が、人生をかけて作る一杯だった。

■「ラーメンを食べるな」と言われたホテルシェフの挑戦

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キャリアを捨ててラーメンを選んだ理由