くろ喜の「特製醤油そば」は一杯1500円。こだわりのラーメンだ(筆者撮影)
くろ喜の「特製醤油そば」は一杯1500円。こだわりのラーメンだ(筆者撮影)

■1杯20分で与える感動 コース料理にはない“ラーメンの奥深さ”

 浅草橋の「饗 くろ喜(もてなし・くろき)」は、和食料理出身の店主・黒木直人さん(47)が11年6月にオープンしたお店だ。味だけでなく見た目にも美しいラーメンは、季節の「旬」を丼一杯の中で表現し、「料理」としてのラーメンの地位を確実に上げている。

 黒木さんの実家は魚屋を営んでおり、幼い頃から食卓には美味しい魚が並んでいた。父が仕入れた鰻を母が捌いて焼いて、鰻重が食卓に出てくることもあり、黒木さんが初めてお店で鰻重を食べたのは42歳の時だったという。

 自分も料理に関わりたいと、高校を卒業後、千駄ヶ谷の服部栄養専門学校へ入学する。料理について一通り学び、卒業後はイタリアンの修行をしようと考えていた。だが、父からまずは和食で修業するべきだと忠告を受ける。

「イタリアに行った時に日本の料理が作れなかったら恥だ、そう言われたんです」(黒木さん)

 そこで、19歳で赤坂の老舗割烹「三河家」で出前や皿洗いなどの雑用から修行を始めた。指定の皿を出し忘れ、厨房の隅に一日中立たされたこともあった。ここで和食の基本を学び、最終的にはお店のNo.3にまで成長した。

 いよいよイタリアンを学びたいと思い、25歳でイタリア料理のお店へ。料理法は異なるものの、使う食材は和食と似ていて、「三河家」での経験や技術が生かせた。ここでもチーフにまで上り詰める。

一杯ずつ丁寧に仕上げる姿は職人技だ(筆者撮影)
一杯ずつ丁寧に仕上げる姿は職人技だ(筆者撮影)

 その後、当時外食産業で勢いづいていた「グローバルダイニング」に就職、まずは「カフェ ラ・ボエム白金」で腕を振るった。実力が評価され、この後お台場にオープンした「権八」の副料理長に就任する。黒木さんの考案した数々のメニューが「権八」にラインナップされ、人気の火付け役となった。

 そして、牛角などを経営する「レインズインターナショナル」に転職。白金の和食店「日月」の料理長に就任、その後はグループ全体のメニューを統括する総料理長となり、和食だけでなくフレンチや焼き肉、居酒屋など様々な業態のメニュー開発を行った。

 こうして料理人として順調にキャリアを重ねていった最中、ふらっと入った一軒のラーメン店で衝撃の一杯に出会う。当時湯島にあった「大喜」の特製とりそばだ。これまで食べてきたラーメンと明らかに違う完成度に、ラーメンを見る目が一瞬で変わった。

丼手前に吹かれた醤油もこだわりの一つ。スープを飲むと、まず醤油の香りと旨味がふわっと広がり、そこにスープの旨味が遅れてやってくる(筆者撮影)
丼手前に吹かれた醤油もこだわりの一つ。スープを飲むと、まず醤油の香りと旨味がふわっと広がり、そこにスープの旨味が遅れてやってくる(筆者撮影)

「これは凄い料理だ!と思いましたね。ボイルした春菊など、具材一つひとつに手が加えられ、職人の仕事ぶりが丼からビシビシ伝わってきました。感動を覚えました」(黒木さん)

 ここから黒木さんのラーメン食べ歩きが始まる。38歳の時だった。そして次第に、ラーメンで勝負したいという思いが湧きあがってくる。築き上げた地位を捨ててまで挑戦しようと思ったのはなぜなのか。

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挑戦の理由