本社のすぐそばにある小さな森は、お気に入りの場所。ときどきふらりと訪れる(撮影/伊ケ崎忍)
本社のすぐそばにある小さな森は、お気に入りの場所。ときどきふらりと訪れる(撮影/伊ケ崎忍)

 湖池屋社長、佐藤章。ポテトチップスのトップランナーだった湖池屋。しかし、2016年に佐藤章が社長に就任したとき、会社は苦境に陥っていた。佐藤が手掛けたのは、原点に返ること。社名を漢字に戻し、ロゴを刷新。高くても品質のいい「プライドポテト」で売って出た。それが大当たりし、売上高は500億円規模に。思い切りやれ。小さくまとまるな。萎縮する社会に「挑め」と発破をかける。

【写真】講演が終わると、名刺交換を求める人たちで長蛇の列ができた

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 今年3月8日、中部マーケティング協会が主催する講演会の壇上に、湖池屋社長、佐藤章(さとうあきら・63)の姿があった。約400人の聴衆を前に、冒頭から繰り出されたのは、佐藤流の経営の考え方だ。

「社長もやっていますが、心は商品開発にあります。私の中では、経営戦略ニアリーイコール商品戦略です。分業もいいですが、一気通貫こそが熱を生む。大切なのは、心に響く商品づくりです」

 53回目を数える由緒ある場に招かれた理由は明白だ。湖池屋の大躍進である。佐藤が社長に就任した16年、会社は苦境に陥っていた。売り上げはじりじりと下がって赤字に転落。ところが、このとき約300億円だった売上高は、今や500億円規模。7年で倍増も視野に入る勢いなのだ。

 もともとマーケティングの世界では、よく知られた人物だった。キリンビール在職時代、缶コーヒーの「FIRE」、ノンアルコール飲料の「キリンフリー」などのメガヒットを次々に手がけた。その本領は、社長に就任して最初に開発した「湖池屋プライドポテト」でいきなり発揮された。当時は入社2年目で、人事に所属していた野村紗希(30)は、その衝撃を記憶している。

「まったく初めて見るポテトチップスだったからです。社員の多くが戸惑っていました。こんな高い価格のものが本当に売れるのか。こんな新しい容器が受け入れてもらえるのか。いろんな部署で、不安や疑念が広がっていました」

 コストをかけ、味に製法に徹底的にこだわった。スナック菓子では珍しい白を基調にしたデザインを採用。寝かせるのではなく縦型で自立するパッケージとした。キーワードは、大人、女性、本物志向。狙ったのは、新しいマーケットだった。

■ドイツ人家庭教師に学んだシュタイナーの自然哲学

 20億円を売り上げればヒットというスナック菓子の世界で、新商品はあっという間に40億円を突破する。会社はメガヒットの対応にてんやわんやに。そして若手が商品開発に抜擢(ばってき)され、野村もその一人となる。ずっと心に秘めていた思いを佐藤に語ったのは、このときだ。お洒落(しゃれ)な若い女性が自分のために買いたくなるようなスナック菓子を作りたい。野村は今、最年少の次長として思いの実現に奮闘する。佐藤はいう。

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