■「難民はいない」は本当?

 入管法改正案に影響を与えている数字で、確認がとれていないものが他にもある。

 2021 年 4 月の衆議院法務委員会における柳瀬房子参考人の発言で示された「2000件」という数字だ。柳瀬氏は「難民を助ける会」の名誉会長で、2005年から法務省「難民審査参与員」を努めている。まずは、議事録でその発言を確認してみよう。

〈柳瀬参考人:参与員制度が始まったのは2005年からですので、私は既に17年間、参与員の任にあります。その間に担当した案件は2000件以上になります。2000人の人と一対一で、一対一じゃなくて三対一ですね、そういう形で対面でお話ししております。一次審の難民調査官による結論を覆したい、難民と認定すべきと判断できたのは6件だけです。

(中略)

私自身、参与員が、入管として見落としている難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることができません。〉

 「難民審査参与員」は2023年4月1日現在、全国で117人おり、法務大臣によって指名される。第1回の「難民不認定」に対して不服があった場合、参与員3人を相手に「口頭意見陳述」を行うことができる。「自分を難民として認めてほしい」と、直接訴えることができるのだ。これは「対面審査」とも呼ばれ、参与員は3人一組となってこれに臨む。

 柳瀬氏は2016年1月24日付の日本経済新聞で、「500人以上と話してきて私が難民と見なしたのは…」と述べている。これにより対面審査をしてきた人数が、この時期までに500人超であったことがわかる。

 そして2021年4月の参考人としての答弁では、その人数を2000人以上とした。つまりおよそ5年の間に、柳瀬氏は1500人もの対面審査をしたことになる。平均すると、年間300件である。

 その後柳瀬氏は2023 年 4 月 14 日付の朝日新聞掲載のインタビューで、参与員として「約4000件」を担当したことを前提とした発言をしている。もしこれがすべて対面審査であり、2021年4月以降に2000人を新たに担当したとしたら、年間1000人へとペースアップしたことになる。

 1年間で300人(多く見積もれば1000人)という対面審査。本当に可能なのだろうか?

■他とかけ離れた件数

全国難民弁護団連絡会議の調査報告記者会見=2023年5月15日(写真/全難連提供)
全国難民弁護団連絡会議の調査報告記者会見=2023年5月15日(写真/全難連提供)

 この数字に疑問をもったのが全国難民弁護団連絡会議(全難連)だ。

「日本弁護士連合会(日弁連)」の推薦に基づいて参与員に任命された人を対象に、アンケートを行った。この調査の目的は、「年間どのくらいの件数の対面審査を担当できるか」を知ることだ。

 結果からいえば、担当件数の平均は36.3件。最多は50 件、最少 は17 件だった。このような控えめな数字になるのは、スケジュールと審査にかかる時間が関係している。

 対面審査(口頭意見陳述)は、月2回(1日に2件)で行われるのが一般的だ。つまり月4件、年間50件が限界だというのだ。人の生死に関わる審査のため、審査員は膨大な資料を読む。話を聞くにも、意見を書くにも時間を要する。1件の準備や審査に費やす時間は、平均で5.9時間だった。

 およそ1件あたり6時間かかる審査を、柳瀬氏はどのようにして年間300~1000件行っているのだろうか。

 全難連とともに調査と結果の解析を行った、「一般社団法人社会調査支援機構チキラボ」所長の荻上チキさんはこう語る。

「柳瀬氏の発言は、かねてから法改定のベースとなってきました。今回の調査でわかったことは、柳瀬氏の担当件数が、他の参与員の件数とはかけ離れていた、ということです。果たして柳瀬氏は参考人として妥当なのか。その代表性が疑われます」

 また「分配の恣意(しい)性」、つまり「どの参与員に、どのケースを、どのくらい担当させるか」についても、疑いの目を向ける必要があるという。

「もし、日弁連推薦の参与員の担当件数が他の参与員より著しく少ないのであれば、それはそれで問題です。意図的に人道的な審査をしないようにしている、という可能性があるからです。そうした省庁の体制では、新しい法律を要求すること自体が難しいのではないでしょうか」(荻上さん)

 根拠となった数字が見えない入管法改正案。野党の対案とともに、参議院での審議は始まったばかりだ。

(ライター・黒坂真由子)

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