館長に就任して3年目。「自分にしかできない好機では?」と思える目標が、次々に生まれてくるという(撮影/鈴木愛子)
館長に就任して3年目。「自分にしかできない好機では?」と思える目標が、次々に生まれてくるという(撮影/鈴木愛子)

 日本科学未来館2代目館長の浅川智恵子は視覚障害がある。障害者の社会へのアクセシビリティのため研究開発をしてきた。中学2年のとき完全に失明。盲学校で勉強したが、社会でどう生きていくかを考えたとき、選択肢は少なかった。情報処理の勉強をし、ホームページ・リーダーの開発で世界を驚かす。今は社会と科学のハブになり、協創のギアを上げる。

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 足元はオフホワイトのハイヒール。年初に日本科学未来館(以下、「未来館」)のイベントに登壇した浅川智恵子(あさかわちえこ・64)は、後ろにスリットの入った白シャツを組み合わせ、パンツスーツで品よく決めていた。

 館長として人前に立つ機会は多く、いつもスタイリッシュだ。ただし全盲のため、2人の娘や店員らから着てみた時の「見た目の感想」を聞き取り、服選びに生かしているという。

 未来館は、2001年に開館した国立の科学館だ。20周年を迎えた21年春、浅川は宇宙飛行士の毛利衛に続く2代目の館長に就任した。

「もちろん、重責も感じました。ただ、面白い挑戦だし、チャンスだなって期待感の方が上回っちゃったんですよね(笑)。日本社会はD&I(ダイバーシティー&インクルージョン)が遅れています。私は女性であり、視覚障害者でもあり、様々な多様性に属しながらアクセシビリティ(誰でも使いやすくすること)の研究開発を続けてきました。そこは経験として活かしていきたいと思ったんです」

 展示やイベントは、先端科学技術がもたらす人の未来に焦点をあて「Life(ライフ)」「Society(ソサイエティ)」「Earth(アース)」「Frontier(フロンティア)」の四つのテーマから展開。浅川は、コンセプト設定や展示のアイデア出し、展示物の試作の段階から、科学コミュニケーターらと密にやりとりしている。

 その一人、櫛田康晴(37)は常設展のリニューアルを担当。最近は多様な来館者に向け「触る展示」を導入するのがトレンドだ。微生物を一律に「1万倍」という巨大サイズに拡大し、触って大きさが比較できるようにした模型展示を作ったところ、その展示を触った浅川が「えー? この生物が、髪の毛の太さぐらいの大きさがあるの?」と新鮮な驚きを伝えてきて、ハッとさせられたという。

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