消息を絶ったヘリに搭乗していた自衛隊員を乗せたとみられる海上保安庁の巡視船(右)/4月16日、沖縄県宮古島市
消息を絶ったヘリに搭乗していた自衛隊員を乗せたとみられる海上保安庁の巡視船(右)/4月16日、沖縄県宮古島市

 沖縄県・宮古島周辺で陸上自衛隊のヘリコプターが海底で見つかった。隊員10人が搭乗した、自衛隊では前例のない航空事故だ。事故原因はわかっていない。AERA 2023年5月1-8日合併号の記事を紹介する。

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 陸上自衛隊第8師団は本、宮崎、鹿児島3県の防衛、災害派遣を任務の範囲とするが、有事の際には南西諸島に出動することを念頭に置いた機動運用師団で、司令部は熊本、人員約6千人だ。3月30日にその師団長に就任、最高位の「陸将」に昇任した坂本雄一氏は4月6日、宮古諸島を視察、UH60JAヘリで地形を確認中の午後3時56分、レーダーから消えた。

 ヘリと下地島空港の管制塔との最後の交信は午後3時54分、ヘリは救難信号なども出さず、わずか2分の間に消息を絶った。

■原因の徹底究明が必要

 夜や雲の中で操縦士が錯覚を起こして海に突入した例はあるが、快晴の昼間に錯覚は起きそうにない。エンジンは2基だから一つの故障で急に墜落はしないし、もし両方止まっても回転翼が風を受けて回り、浮力が残ってゆっくり降下できるはずだ。UH60はベトナム戦争で米軍が多数のヘリを失った経験から、信頼性と小火器に対する生存性を特に重視して1974年に造られた。米国では陸・海・空軍、海兵隊、沿岸警備隊などが広くUH60と派生型を採用、30カ国以上に輸出されて計4千機以上が生産されている。

 UH60系列ではないが2018年2月、陸上自衛隊の戦闘ヘリAH64が佐賀県神埼市の民家に墜落、搭乗員2人が死亡、少女1人が負傷する事故が起きた。回転翼に動力を伝える装置のボルトに亀裂があって切断したのが原因だったが、責任者は不明のままとなった。部品の入手が遅れ古い機体の部品を取って使うことも無くはないとのうわさもある。今回のヘリが回収され、師団長と幕僚長という2人の将官を含む10人が犠牲となった自衛隊の未曽有の事故の原因を徹底的に究明することが必要だ。

■人口95人の島の空港

 最後の交信から2分の間に消息を絶ったのは極めて異常であるため「当時演習をしていた中国軍が撃墜したのではないか」との説も出て、国会でも質問が出た。だが今回の演習は事故の2日後の4月8日から行われた。空母「山東」は台湾の南、バシー海峡を抜けて5日に太平洋に出て、宮古島の東南230~430キロの海域で艦載機の発艦訓練を行ったことを海上自衛隊は見ていた。

 ヘリは高度150メートル程の低空を飛んでいたから、中国軍艦が宮古島の60キロ以内に近寄らないとヘリは水平線の陰になり、艦対空ミサイルでは狙えない。「山東」はJ15戦闘機を搭載し、それが空対空ミサイルを発射するならヘリ撃墜は可能だが、宮古島のレーダーにその状況は映るし、爆発音や煙は地上の人に分かるはずだが、そんな情報はない。

 そもそも演習に向かう途中に日本機を撃墜すれば演習どころか本当の戦争になるからそんな馬鹿げたことをするとは考えにくい。「中国軍が自衛隊機を撃墜した」との説は被害妄想だ。

 だが、坂本陸将が空から視察しようとした下地島は米中対決の焦点となりそうだ。弾道ミサイル、巡航ミサイルの撃ち合いになれば航空機は空中戦より基地に待機中に破壊される公算が大きいから、米軍は日本の民間空港に航空機を分散配備し、シェルターを造って損害を減らそうと考えている様子だ。国際線旅客機の操縦士養成のため長さ3千メートル、幅60メートルの滑走路がある下地島空港は飛行シミュレーターの普及で利用が激減し、島の人口は95人だから民間空港軍事転用の第一の目標になりそうだ。今回の犠牲者10人は次の日本の戦争の最初の被害者に数えられるかもしれない。(軍事ジャーナリスト・田岡俊次)

AERA 2023年5月1-8日合併号