元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 米国ポートランドに来て約10日。いまだ1日とて雨の降らぬ日はなく(涙)。でも来てよかった本当に……と思う頃には帰国という寂しさこそが旅の醍醐味かもしれない。

 今更ではあるが、そもそもなぜポートランドに来たのかというと、ここは「ご近所文化」の町と聞いていたから。車社会で大量生産大量消費というのが我がアメリカのイメージなわけだが、ここはそれとは別の生き方、すなわち徒歩や自転車で暮らせる町をつくり、地元資本の店を贔屓にし、地産地消を愛するいわば「アメリカっぽくない」町らしい。それは、東京で徒歩や自転車で近所の馴染みの小さな店々を回って生きる私の嗜好と完全に一致していて、ならばここなら日々やっているのと同じように行きつけの場所を梯子しながら原稿書いて買い物して、そうこうするうち「顔なじみ」を増やしていけるんじゃ?と妄想したのだ。

こんな手作り看板が瀟洒なお宅の庭に飾られている。何という堂々たる意識の高さ!(本人提供)
こんな手作り看板が瀟洒なお宅の庭に飾られている。何という堂々たる意識の高さ!(本人提供)

 で、実際来てみたら、それは妄想でもなんでもなくたちまち現実となった。1週間も経つと、カフェや図書館の人はアフロを見るなり手を振ってくれるようになり、近所ですれ違う人のほぼ全員が笑顔でハーイと挨拶してくれる。それは無論私がスペシャルな人間だからではなく、ここは確かに「隣人を大事にして助け合って生きる」意志で支えられている町だからなのだ。でもちょっとだけ付け加えれば、確かに私はちょっとスペシャルだったはずで、なぜって私も日頃からそのような「ご近所主義」で暮らしているから、店であれ道であれ出会う人には感じよく挨拶することがすっかり身についているのである。つまり我らは言葉は通じずともスピリットは同じで、その「雰囲気」が当地の人にもすんなり伝わっているがゆえ、もれなく笑顔が返ってくるんじゃないかとも思う。

 世界は分断を深めているというが、ボーダーレスな社会の中では国は違えど同じ問題意識を抱える人は世界にいる。つまり、過去の我らは国境の中で縦につながり、今の我らは考え方により国境を越え横につながっているのだ。

◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

※AERA 2023年4月24日号

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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