「自分の山は人ありき」と近藤は言う。ときめきや高揚感を伝えたいと、冒険案内人を続ける(撮影/加戸昭太郎)
「自分の山は人ありき」と近藤は言う。ときめきや高揚感を伝えたいと、冒険案内人を続ける(撮影/加戸昭太郎)

 国際山岳ガイド・近藤謙司。国内はもちろん、エベレストなど世界七大陸最高峰やヒマラヤ、ヨーロッパアルプスに「普通の」登山者を案内する「冒険案内人」。国際山岳ガイド・近藤謙司は、ただ、山に登らせるだけでなく、メンバーの輪をつくり、旅全体を楽しませる山のエンターテイナーでもある。心底わくわくし、ときめく体験を独り占めしたくない。その思いを受け取った冒険者たちは、今日も近藤と一緒に山頂を目指す。

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 昨年12月21日、にぎわいを取り戻しつつあった羽田空港国際線出発ロビーに、ひときわ大きなボストンバッグとバックパックを抱えた集団がいた。輪の中心にいる近藤謙司(こんどうけんじ・60)は手際よくパックの重さを量り、荷物を振り分けていく。

 近藤は世界の山へ顧客を案内する国際山岳ガイドで、5人の参加者と南米最高峰・アコンカグア(6961メートル)へ向かう。22日間の遠征登山だ。参加者は年齢も出身地も登山経験もさまざま。大阪から来た中森章(49)はこの日が近藤と初対面だった。メンバーのなかに知人もいない。高揚感より緊張が強かったというが、その不安は近藤と出会い、すぐに霧散した。

「山のプロであるのはもちろん、話を聞くのも振るのもうまい。口調は丁寧だけれど、そのなかにグッと距離を縮めるような空気感がありました」

 和気洋洋と遠征は進んだ。年を越した1月4日、近藤は現地ガイドと共に中森を含む顧客3人を登頂に導いた。参加者のうち2人は体調悪化などで登頂できなかったが、一般的な登頂率が20~30%と言われるなか上々の結果だろう。そして、一足先に登頂を断念して下山した参加者が他メンバーの登頂と無事の帰りを喜んで「号泣していた」エピソードからもチームの成熟がうかがえる。

 近藤につく肩書は数多い。国際山岳ガイド、日本山岳ガイド協会理事、株式会社アドベンチャーガイズ代表。なかでも本人が好むのが、経営する社名にも通じる「冒険案内人」という言葉だ。国内はもちろん、世界七大陸最高峰やヒマラヤ、ヨーロッパアルプスに「普通の」登山者を案内する。世界最高峰エベレスト(8848メートル)には、一般から参加者を募る公募登山隊という形式でこれまでに7度登頂した。かつて限られた登山家のものだったヒマラヤ登山は1990年代後半以降急速に大衆化し、誰もが夢見ることを許されるようになった。日本におけるその立役者が近藤だ。

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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