殺人と銃刀法違反(発射、加重所持)の罪で起訴された山上徹也被告。刑事責任能力が認められ、今後は裁判員裁判で審理される見通し
殺人と銃刀法違反(発射、加重所持)の罪で起訴された山上徹也被告。刑事責任能力が認められ、今後は裁判員裁判で審理される見通し

 安倍晋三元首相の銃撃事件で殺人などの罪で1月13日に起訴された山上徹也被告。公判を前に、ロスジェネ世代に詳しい批評家の杉田俊介さんと事件の背景を探った。AERA 2023年1月30日号の記事に加筆して紹介する。

【写真】批評家の杉田俊介さん

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――山上徹也被告が起訴されました。彼についてどのような印象をもっていますか。

拘置所で筋トレしたり、英検1級の問題集に取り組んだりしているという報道もありました。精神の平静を維持し、淡々と過ごしている。あくまで冷静だな、と感じます。その奥にどういう気持ちが隠されているのかはわかりませんが、学歴とは別の意味で知性的で、強固な意志の持ち主という印象があります。不特定多数の人を巻き込む最近の犯罪では、電車内で刃物を振り回し、油を巻いてライターで火を付ける、といった行き当たりばったりの犯罪者が多い中、彼は異質です。目的遂行のため入念に準備し、訓練の上、実行するという武装テロ組織のような犯罪を単独で完遂しました。過酷な人生を耐え続けてきた人間特有の意志の強さが作用しているのかもしれません。

――山上被告に対して一定の共感も社会に広がっています。高額の支援金が贈られ、減刑の要請も出ています。何か抜け落ちた視点はないでしょうか。

山上被告を英雄視する視座の背景には、彼の中にある抜きがたいニヒリズムが今の日本社会とシンクロする面が作用しているように感じます。日本はこの30年間、経済が停滞し、政治も相変わらずのまま、「習慣性無力感」のような雰囲気が漂っています。何をやっても現実は変わらない。権力者はますます富み、社会的弱者はどんどん奪い取られていく中、誰も助けてくれないという無力感ゆえに、山上被告は個人主義的な強い意志をもつことによって耐えざるを得なかった、と思うんです。その延長線上にある彼の暴力の中に社会変革の希望を託してしまうことには危うさも感じます。

――山上被告は1980年生まれのロスジェネ世代(1970年代前半~80年代前半に生まれた「失われた世代」=「ロスト・ジェネレーション」の略)。犯行時は41歳です。世代的な特徴は感じますか。

 2008年に秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大(犯行当時25歳、22年に死刑執行)元死刑囚は82年生まれでした。山上被告よりも世代的に少し下ですが、どちらもロスジェネ世代です。山上被告に対しては犯行時の年齢が高いこともあり、「ロスジェネになりきれなかったロスジェネ」の印象があります。雨宮処凛さんや湯浅誠さんといった00年代後半のロスジェネ論壇の担い手は、ネオリベラリズム(新自由主義)に対抗するには社会的連帯や包摂が大事だという主張をしてきました。しかし、山上被告にはそれが一切共有されていません。徹底したネオリベラリズム的な自助努力で生きるしかないという意識がものすごく強くインプットされています。

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