錦鯉は後輩からも支持される。モグライダーのともしげは「兄貴、戦友でもある。今は大きな目標」と慕う(撮影/加藤夏子)
錦鯉は後輩からも支持される。モグライダーのともしげは「兄貴、戦友でもある。今は大きな目標」と慕う(撮影/加藤夏子)

 お笑いコンビ、錦鯉。20年間売れなかった。それが2021年の「M-1グランプリ優勝」を機に、一気に売れっ子芸人の仲間入りを果たす。ひとたび笑いの最高峰に立てば、人々から50にして掴んだ「ジャパニーズ・ドリーム」「中年の星」と夢を託される。それでも錦鯉は、「これからが勝負」と目の前の仕事に集中する。「ただひたすらにお笑いが好き」という気持ちが原動力だ。

【写真】ラジオの打ち合わせ風景。この日はスーツの衣装ではなく、普段着。

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 昨年12月18日に開催された「M-1グランプリ2022」で、優勝したウエストランドが漫才中、こう毒づいた。

「アナザーストーリー(M-1のドキュメンタリーを報じた番組)がウザい! いらないんだよ。泣きながらお母さんに電話するな! 『優勝したよー』なんて」

 まさに「泣きながらお母さんに電話」したのが、1年前に優勝した錦鯉(にしきごい)のボケ役、長谷川雅紀(はせがわまさのり)(51)だ。実は錦鯉は、ウエストランドの井口浩之(39)と、今回の決勝戦の前日に、同じ仕事現場で顔を合わせている。井口は「ネタを変えようか悩んでいる」と錦鯉のツッコミ役、渡辺隆(わたなべたかし)(44)に打ち明けた。渡辺は、

「おまえは全員をバカにしないと意味ないんだから、思い切ってやれ」

 とハッパをかけ、決勝へと送り出したという。

 渡辺は、しのぎを削る仲間同士として、ウエストランドの快挙に自らの経験を重ねてこう話した。

「彼らは、昔からあのスタイルを貫き通してM-1王者になったんですよね。我々もまた然りです。自分が面白いと思うものを貫き通すことができた者が、なし得ることなのかなと思います」

 21年のM-1グランプリで王座を掴(つか)んだ錦鯉が歓喜の涙を流した時、審査員も、もらい泣きした。歴代最年長コンビの<おじさん版シンデレラストーリー>に会場は沸いた。

 私が錦鯉に興味を抱いたのは、優勝の瞬間、長谷川が数秒間みせた、キョトンとした「無の表情」に心が動いたからだ。狙っていたものを本当に手にした時、人はこんな表情をするんだ!という新鮮な驚きがあった。長谷川に号泣のスイッチが入ったのは、渡辺が長谷川に抱きついて、「ありがとう」と耳元でささやいた後だ。

 その夜から、錦鯉のマネージャーの電話は鳴りっぱなしに。数カ月先まで予定が埋まった。

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