太田さんは近著『芸人人語 コロナ禍・ウクライナ・選挙特番大ひんしゅく編』(朝日新聞出版)でこうつづる。

「向田さんの書く物は全て、大きな戦争や紛争など起きなくても、何の変哲も無い日常のすぐ近くに暴力があり、死の危険があり、人は必ず人を傷つけ、何気ない言葉は人を死に至らしめ、普通の人々が一皮剥けば野蛮で残酷な阿修羅のようだという認識が根底にある」

 これが「本物の言葉」を生む原動力だと太田さんは言う。

「そっちの方が怖いんですよ。言葉で説明しないのも表現の一つだから」

■日本人の言葉の力

 日本にかつて「言挙げ」という言葉があった。言葉にして言い表すという意味で、それは良い意味では使われなかった。本当に大事なことは言葉ではすくい取れない。言葉にすると本質からはちょっとずれる。

「日本では、重要なことは言葉にしちゃいけませんという教えや、本質からずれちゃいけないっていう思いがずっと伝わっている気がします。逆に言うと、それが私たち日本人の言葉の力でもあると。日本人はイエス、ノーをはっきり言わないと海外から批判されることもありますが、日本人どうしは、あうんの呼吸でなんとなくわかっていますからね」

 人生で最も強く印象に残っている言葉は「禍福は糾(あざな)える縄のごとし」。バラエティー番組の台本に向田さんが記した言葉だ。太田さんはこう打ち明ける。

「嫌なことがあると、いつも思い出す言葉です」

 座右の銘は「未来はいつも面白い」。ドイツの児童文学作品『みつばちマーヤの冒険』で主人公のミツバチのマーヤがアゲハ蝶に出会う場面での言葉が由来だ。

「いつもパタパタパタと羽を揺らして楽しそうに見えるアゲハ蝶にマーヤが、なぜそんなに楽しそうなのって聞くと、『だって楽しいに決まっているじゃない』ってアゲハ蝶が言うんです。だって私、この前まで芋虫だったのが今こんなにきれいになったのよ、と。きっと将来、また変化するってアゲハ蝶は思っている。だから、『未来はとても面白いのよ』と言うんです。すごくいい言葉だなと思って」

高校の卒業イベントで言葉を贈る依頼を受けたとき、太田さんはこの言葉を捧げた。後日、高校生から寄せられた感想に目を通していると、「太田さんの『未来はいつも面白い』って言葉よかったです」と書かれていた。いつの間にか、「とても」が「いつも」に変換されていた。太田さんは言う。

「未来のことなのに『いつも』っていうのは時系列として変なんだけど、むしろこのほうがしっくりくるなと思って。すごく気に入ってて、色紙にいつも書いています」

(編集部・渡辺豪)

AERA 2022年12月12日号に一部加筆

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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