アニメのオープニングの舞台になった江ノ島電鉄・鎌倉高校前駅の踏切(神奈川県)。海外からもファンが訪れる“聖地”のひとつだ(撮影/写真映像部・馬場岳人)
アニメのオープニングの舞台になった江ノ島電鉄・鎌倉高校前駅の踏切(神奈川県)。海外からもファンが訪れる“聖地”のひとつだ(撮影/写真映像部・馬場岳人)

 バスケットボールにかける高校生たちの熱い青春を圧倒的な画力で描き、1990年代に大旋風を巻き起こした漫画『SLAM DUNK』。連載終了から26年を経た今、新たな伝説となる映画がついに幕を開けた。AERA2022年12月12日号の記事を紹介する。

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 漫画『SLAM DUNK』は、井上雄彦さんが県立高校のバスケットボール部を舞台に描いた、まさに伝説の漫画だ。1990年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載がスタート。同じ頃、NBAの試合が衛星放送などで流れるようになったこととも相まって、人気に火がついた。

 そのピークは95年。スラムダンクが巻頭カラーを飾った「週刊少年ジャンプ」は歴代最高の653万部を売り上げ、全国各地の中学校、高校ではバスケットボール部員が急増。芸能人や著名人もみんな「バッシュ(バスケットシューズ)」を履き、特に作中で登場人物が愛用していた「エアジョーダン」などのモデルは人気が爆発した。漫画の枠を超えた社会現象により、日本は空前のバスケットボールブームとなった。

 スラムダンク人気は日本だけにとどまらなかった。中国・江蘇省出身の会社経営の男性(41)は、中国でアニメの放映が始まると、食い入るように観ていたという。小学校6年でバスケットを始め、高校では地域のジュニアチームへ。男性は、

「僕は(主役チームの)湘北の流川楓と身長と背番号、髪形が同じでした。似てると言われてうれしかった」

 と話す。高校卒業と同時に、親類がいた日本に留学した時は、スラムダンクの聖地へと心が躍ったという。近畿大学を卒業し、日本人の妻(36)と結婚。大阪府で暮らし、休日は息子(5)と公園でバスケットボールをして遊ぶのが楽しみだという。

■誰もが自分を投影

 専門サイト「バスケットボールキング」プロデューサーの村上成さん(46)は、スラムダンクの魅力について、こう話す。

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古田真梨子

古田真梨子

AERA記者。朝日新聞社入社後、福島→横浜→東京社会部→週刊朝日編集部を経て現職。 途中、休職して南インド・ベンガル―ルに渡り、家族とともに3年半を過ごしました。 京都出身。中高保健体育教員免許。2児の子育て中。

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