哲学者 内田樹
哲学者 内田樹

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

*  *  *

 ある出版社から米国論を出すことになり、ゲラを毎日直している。参考のためにいろいろな米国論を読んだが、一番面白かったのはやはり「Foreign Affairs Report」である。これは外交問題評議会という100年ほど続いているシンクタンクが出している月刊誌だけれど、「どうすれば米国の国益は最大化するか」という話に徹していて、「世界平和」とか「人権」とか「民主主義」とかいう「政治的に正しい課題」は副次的目標に過ぎないという肚(はら)の括(くく)り方がいっそすがすがしい。どこの国籍であれ学者が書く論文はどうしても客観的かつ公正中立であることが求められるが、ここに書く人たちはその点で遠慮がない。本音剥(む)き出しである。

 私が感心するのは、寄稿者たちがこれから米国にいかなる「最悪の事態」が訪れるかについて実にカラフルな想像力を発揮する点である。「誰も思いつかなかった最悪の事態を想定して、それに備える提言ができる人」が米国では高く評価されるようだ。

 この風土を私は羨(うらや)ましいと思う。日本ではこうはゆかない。「最悪のシナリオ」を思いついた知性に敬意を表するという習慣は本邦にはない。日本ではそれは「敗北主義」と呼ばれる。

著者プロフィールを見る
内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

内田樹の記事一覧はこちら
次のページ