■現実なのか夢なのか

 柴崎友香さんの小説には、日常にいたと思っていたのに、いつの間にか少し時空が変わっていたというような不思議な物語の展開があります。『寝ても覚めても』は恋愛小説なので、それがよりストレートな形で出ていると思います。主人公の朝子は謎の男の子、麦(ばく)に一目ぼれみたいな状態になります。麦と過ごした時間もどこか夢のようだし、しかもその彼が突然いなくなったと思ったら、そっくりな男の子に会うわけです。終始一貫して、これは現実なのか夢なのかわからないような物語が続くのに、最後には突然現実に戻ってくるような強さがあります。思えば恋愛ってずっと夢を見ているような状態で、恋愛のリアルって実はこういう感覚なのかもしれない、と感じます。

 11月7日発売の自著『憐憫』も現実から非日常への逸脱を描いた小説です。芸能界に身を置く女優・沙良は偶然出会った会社員の柏木を、「なんて綺麗(きれい)な男の人だろう」と思い、不思議な惹(ひ)かれ方をする。大阪の動物園で沙良がオランウータンを見ながら年配の飼育員と話すシーンがあるのですが、実は動物園にはオランウータンは飼育されていないということが後にわかる。その夜に沙良は元恋人が事故を起こしたことを知り、柏木の泊まる部屋へ行き……誰も知りえないような時間を、大阪旅行の場面ではとくに象徴的に描きたいと思いました。2人にとって大事な時間だったっていうことだけが確かな記憶として残ればいいと。柏木の住む場所も肩書も年齢も、沙良にとって重要なことではなかった──。過去に好きだった人のことやその想いを忘れなきゃいけないと思っている人にこそ読んでもらえたらうれしいですね。(構成/編集部・三島恵美子)

『憐憫』/島本理生/朝日新聞出版
『憐憫』/島本理生/朝日新聞出版

■日常から離れられる

読んでいると、あたたかくなる
源氏物語上・中・下』/角田光代/河出書房新社

2人にとって大事な時間だった
『憐憫』/島本理生/朝日新聞出版

『あなたの人生の物語』/テッド・チャン/ハヤカワ文庫SF

『雷の季節の終わりに』/恒川光太郎/角川ホラー文庫

『長いお別れ』/レイモンド・チャンドラー/ハヤカワ・ミステリ文庫

『デクリネゾン』/金原ひとみ/ホーム社

『しろがねの葉』/千早茜/新潮社

『私の恋人』/上田岳弘/新潮文庫

『星のように離れて雨のように散った』/島本理生/文藝春秋

『寝ても覚めても』/柴崎友香/河出書房新社

AERA 2022年11月14日号